55.さよなら、わたしの初恋

「戻って、来たね」「ああ」  どれくらい時間が経ったんだろう。 もう周りも暗くなり始めた頃、私と雫は、自分の執務室に戻っていた。 雨はすっかり止んでいて、周りはとても静かである。 まあ、この執務室って、防音がしっかりしてあるから当たり前だけど。 「暖かったよね、シャワー」「雫も俺も、ずっと雨に打たれていたからな。服が乾...

54.運命の日

 そうして、ついにやってきた約束の日。  私は窓の向こうに広がっている、曇り空をじっと眺めていた。 どうしても仕事が、頭に入らない。 社会人としては失格だけど、雫の婚約者としては、たぶん正常な反応だろうと思う。 だって、今日は「約束の日」だ。 雫と、昨日「端末」で、約束を交わした日なんだ。  ピクッ。 雫からのメッセー...

53.信じているよ

 雫とああいう時間を過ごしてから、次の日の昼頃。  私は久しぶりに、秀樹を執務室に招いていた。  話したいことが、あったから。  ――雫と私が、今まで築いてきた関係について。 「今日は秀樹に、少し話したいことがある」  私が改めた態度でそう言うと、秀樹は首を傾げた。どういうことか、まだ思いつかないらしい。 ちなみに、律...

52.私たちの梅雨入り

 次の日、雫は私のところにやってこなかった。  いつもならかけてくるはずの連絡も、まったくなかった。  当たり前だった。  昨日の私は、雫に「ひどいこと」をしたんだから。  ――あのね、柾木。  そんなことを思いながらも、どうにかお仕事に集中していたら、真夜中、雫に「端末」でメッセージが送られてきた。  ――ごめんね。...

51.ごめんね、雫

 そして、とある日の朝。  私はいつもより重い気持ちで家を出た。  約束の場所へ、行くために。  ――雫に、ひどいことをするために。 「ここは変わってないな……」  久しぶりにやってきたあの公園は、以前とほぼ同じ風景だった。  それは当然だ。そもそも、慎治のせいでここにやってきて、まだ一ヶ月も過ぎてない。ついでに、まだ...

50.悲しき決意

 再び雫と気まずい空気になってしまった昨日も過ぎ去って、次の日の昼ごろ。  私は珍しく、人がまばらである大通りを一人で歩いていた。  最近はおかしいくらい余裕があるから、久しぶりに「元の姿」である。わかりやすく言うと、少しばかりの休憩だ。  まあ、こうやって大通りを一人で歩いたとしても、あまりやることはないけど……。 ...

49.あなたの、いちばんの友だちになりたい

「死〜ねばいいのに〜」 雫は私と二人きりだと、よくそんな歌を口ずさむ。「み〜んな死ねばいいのに〜」 学園ではいつも明るく振る舞う雫が、こんな歌を口ずさんでいることを知ったら、雫のクラスメイトはどんな顔をするんだろう。 あの時、じっと後ろを歩いていた私は、惨めな気持ちでそんなことを考えた。  雫にとって、自分はきっと特別...

48.本当は、知ってる

「ああ~~今日はホントに大変だった~~」  明後日の午後。  雫はものすごくだらけた態度で、そんなことを言いながら私の執務室で少女マンガを読んでいた。いつものふかふかな来客用の椅子は、もはや雫の指定席と化している。 「今日はどうした。そこまで情けない声を出しまくって」 「情けないとか言わないでよ~。かわいい彼女の声でし...

47.予感

「えっ、また手作りごはん?!」  私が昨日のことを話すと、秀樹は目を丸くしていた。どうやら、雫がここまで早く再び差し入れをしてくるとは思わなかったらしい。それも以前のような、しっかりした作りのお弁当を。 「そうそう、わたしは行動する女なのだから」 「で、でも……」  どうやら、今の秀樹ってかなりショックを受けているみた...

45.夜の二人は

「さあ、到着!」 そうやって、いつものデートを終わらせてから、私たちは、無事「組織」の事務室にたどり着いた。 雫は腕をせいいっぱい伸ばして、ものすごくゆるんだ顔をしている。どうやら、こうして私とまたふたりっきりになったのが嬉しいらしい。 「俺の執務室だというのに、なぜ雫が嬉しそうなんだ」 「えへへ、だって、なんか戻って...