これはもっとも最後に起きた、この世に生きるすべての者達のための話。
「えっと、わたしのこと、わかりますか?」
その時、「南の騎士団長」であるブラッドは、「女神の庭」の中で目を覚ました。
なぜか女神ーエリシア様が、倒れていた自分を見守っていることに気づきながら。
女神エリシアーこの浮遊島の住む者ならだれもが知る、「双女神」の一人。
かつてこの島、いや「大陸」を罪深き大地から空中へと浮かばせた、神が「地上(ここ)」に残した唯一の血族。
神は今、その存在を空の向こう側に隠したが、代わりに自分の娘である、二人の女神をここに残した。
この世に住む、全ての者たちを見守るために。
誰一人、不幸である者がいなくなるように。
そんな、高貴なる女神の一人、エリシアが、今、自分の眼の前にいる。
なぜかとても、ものすごく心配そうな顔で。
自分って、そこまでひどい有様なのか。
ブラッドは、それが気にかかった。
どうやら、あの時のブラッドは「女神の庭」に迷い込んでしまい、疲れ果てて意識を失っていたらしい。
無事に意識を取り戻し、騎士団長になってから久しぶりの神殿に佇むことになったブラッド。これまた久しぶりに出会ったエリシアは相変わらず世間に疎く、危なっかしいところがあって、それでいながら「外」の者たちをいつも心配する、優しい女神であった。
約200年も生きたという、「人間」とは違う存在である女神。
ブラッドも、他の騎士たちのように、昔から変わらずエリシアのことを敬っていた。
当たり障りのない、緩やかすぎるくらいゆったりと流れる日々。
そんなある日の夜、眠りについたブラッドは正体不明の誰かにいきなり襲われる。
だが、その犯人である若い青年の正体は、ブラッドの予想を遥かに超えるものだった。
「い、今、誰だと……?」
「だから、僕がその、女神エリシアなんですよ。今は別の姿…って言うか、人間になってますけど」
「いや、だから、今なんて?」
いきなり眠りから覚めたブラッドにとって、それはまるで新しい夢に飛び込まれたような衝撃だった。
だが、頭が混乱する余裕なんて、ブラッドには与えられない。
この青年…っていうか、エリシアの侵入が神殿騎士団にバレてしまい、二人はなんとかして外に逃げなければいけなくなったのだ。
正確にいうとエリシア…と称する正体不明の青年に引っ張られて、ブラッドはそのままその男といっしょに神殿を逃げ出すしかなかった。
これはいったいどういうことだ。
正直、ブラッドはとてもわけがわからなかった。
どれくらい走り出したのだろう。
体力も尽きて、二人はそのまま立ち止まる。
周りは静かで、追いかけてくる人も今は見つからなかった。
いつの間にか暗くなっている世界。ここはすでに、ブラッドたちのいた神殿ではなかった。
深い、深い森の中。
まるでエリシアと前に出会った、あの庭のような静けさ。
その時、エリシアと称する青年は、ブラッドの前に跪いた。そして、急に出来事で驚くブラッドに、こんなことを言ってくる。
「お願いです。僕といっしょに、もうひとりのわたしである、イリシアへと向かってください。ブラッド様でないと、ほかに頼れる方がいないんです。僕に、どうかこの世界の真実を見せてください」
相変わらず戸惑っているブラッドに、青年の声が再び届く。
「もう、なんの力もない、ただの歯車でいるのは嫌なんです」
その時、ブラッドは自分も知らぬうちに、青年、エリシアの手をつかんでいた。
その先がどれだけ険しい道なのか、よくわかっているのにもかかわらず。
こうして、偉いはずなのになぜかへんてこな女神と、それを守護する騎士団長出身のブラッドは、途中で出会った事情アリの仲間たちのともに、全員の神殿騎士を敵に回して、もうひとりの女神、イリシアの許へ向かう長い旅を始めるー