はじめての夜

※ここから先は、18歳以下の方に不適切な表現があります

 そうやって、心が通じたことはいいものの。
「……」
「……」
 私たちはしばらく何も言い出せず、そのまま黙っていた。
 だって、気持ちも確かめた。キスもした。ここまで来たら、残っているものは一つしかない。
 ……いや、別に「絶対に」やらなきゃいけないわけでもないけれど。
 ただし、最近の学園生はここで終わりじゃない、というだけで。
「えっと、その……」
「……しようか?」
 私が迷っていると、秀樹がふと、そんなことを言ってきた。
 だ、大丈夫なのかな。
 もちろん、私だって心が通じたからには触りたいし、それ以上のこともやってみたい。間をおいてもいいのだろうけど、もう相思相愛なのだから、確かめてみたいと思う。
 でも、私たちは今、普通の状況じゃない。あまりにも早まってるような気がして、どうしても戸惑ってしまう。
 ……最近のクラスメイトたちは、付き合うことになったらすぐ、体の方も触ってみたり、関係も持ってみたりするらしいけど。
 だから、きっとこの行為も、私たちの状況を除けば、問題はないはずだけど――
「大丈夫なのか?」
「うん? あ、この姿のこと?」
 私の意図に気づいたのか、秀樹は自分を指してから、そう答える。
「ま、た、確かにちょっと恥ずかしいんだよね。元の方でも照れくさいとこあるのに、こんな姿なんだからね」
「じゃ、あんまり無理しなくても――」
「でもな、せっかくこうして、気持ちが報われたんだろ」
「む、報われるとか、大げさすぎるんじゃないか」
「違うよ。俺としては、ずっと好きだった人と心が繋がったんだからな」
 今夜の秀樹は、いつもよりもえらく積極的だ。
 やはり、ようやく心が通じたことがそこまで嬉しかったのかな。
 私だって、その気持ちはとても嬉しい。やれるなら、今すぐにでも押し倒したいくらいだ。
 ……でも、秀樹は「別の姿」になって間もないから。
 だから、我慢というか、控えめな態度を取っていたわけなんだけど……。
「本当に、大丈夫なのか」
「うん、俺のことなら、全然平気」
 おずおずそう聞いてみると、秀樹は私の目をじっと見ながら、力強くそう頷く。
 やっても、いいのかな。
 ここまで秀樹が言ってくれてるというのに、やらずに終わったら、そっちの方が失礼のような気がする。

「……」
「……」
 そこまで喋ってから、私たちはしばらく黙って、何も言わなかった。
 だって、ここまで話を交わしたら、あとでやることは明白だ。
 ……あらゆる意味で、初めてだらけの行為。
 別に行為が初めてであるわけではない。雫との経験なら、自慢にはならないが幾度もあった。
 でも、今回の相手は秀樹なのだから。
 だから、どうしてもはじめの一歩が踏み出せない。
 おかしいな。私、別に「男としては」童貞じゃないというのに。
 女の子としては、まあ、見事に何の経験もないけど。
「あの、柾木さん」
「……ああ」
「俺は覚悟、出来てるよ?」
「わ、わかった」
「うーん……」
 ここまで言われたら、人間としては行動に移さざるを得ない。
 私はついに、覚悟を決めた。

 とはいえ、やはり腕に力がまったく入らない。なんとか強引に、秀樹の方に向けて腕を動かした。
 あまりにも情けない、震える手つきで――
 私は秀樹の方へと、ゆっくりと手を伸ばす。
「えっ、そこまで震えてるんだ」
 こちらをじっと待っている秀樹が、私の指先を見て驚く。
「い、いや、その、はじめてだから……」
「えっ、柾木ってはじめてじゃないよね?」
「それはそうだが、こ、これはちょっと……」
 確かに、「男」としての経験ならすでにある。それところか、かなりあると言い切れる。
 だけど、今回の相手は秀樹なんだ。
 ……そんな経験なんて、私が持っているわけがない。
 決して、今まで関係を重ねてきた雫のことをバカにしているわけじゃなくて――相手が他でもない秀樹だから、今の私は動揺してるんだ。
 ついさっきまでそこまで鬱陶しく思っていた男の子の、それも「別の姿」の服を、えっちなことをするために脱がしてるとか、いくら何でも話が早すぎる。
 いや、それってほとんど、こっちが原因なんだけど。
 今さらではあるものの、なぜか自分自身のことがよくわからなくなってしまう。

 そんな震える行き先で、秀樹のシャツをゆっくりと巻き上げたら――
 ――白い下着が、すぐ目の中に入ってきた。
「……っ」
「あ、あのさ、なんで柾木さんが視線を逸らしてるわけ?」
 私がすぐ視線を避けたことに気づいた秀樹は、少しくすぐったいという表情でそう聞いてくる。
 ……その表情を確認した私は、また視線をそっと逸らしてしまった。
 いや、以前には確か着替える姿も見てしまったというのに、どうしてここまで興奮しているんだろう、今の自分って。
「わ、わかってる。今の自分が、その、情けなさすぎるというのは」
「いや、情けないとか、そういうわけじゃなくて……」
 なぜかそこで、二人とも照れくさいって顔になってしまった。
 きっと、自分たちがこれからやることは「普通」じゃない、と思ってしまったからだろう。
 いくら自分たちで決めたことだとは言え、戸惑いはあるし、恥ずかしいことは恥ずかしいんだ。

 と、とにかく、このままじゃ何も始まらない。
 自分も童貞ってわけじゃないし、そろそろ行動に移さないと。
 そう決めた私は、背中の方に手を回して、ゆっくりとブラのフックを外す。
 自分から考えても、酷くぎこちない動きだった。
「柾木さん、未だに手がすごく震えてるけど」
「う、うるさい」
「えっと、柾木さんって、元は女の子であってますよね?」
「き、緊張してるから仕方ないだろ」
「へんなの」
 はっきり言って、秀樹の反応はまったくおかしなものではない。
 今の自分の手つきを見ると、むしろこっちが童貞だと思われてもおかしくないくらいだ。
 へ、変だな。今日の私って。
 自分って、何回もこうやって女の子のブラを脱がしていたはずなのに。
 ……それはそうとして、スーツのままで女の子の下着を拙く外す男って、周りからはいったいどう見えるんだろう。
 あまりにも情けなさすぎて、私はすぐ想像をやめた。

 そんな感じであたふたしながらも、なんとかフックを外し終わると。
「わっ」
 ぷるんと、中に収まっていた柔らかいものが弾け出してきた。
 その柔らかくて、いやらしくて、見ているだけでウズウズするものを目の前にして。
 私はそのまま、釘つけになってしまう。
 何よりも、「元の姿」の面影がちゃんと残っている秀樹に、ああいう「柔らかいもの」がついているというアンバランスさが、私を興奮させていた。
 男のような逞しい胸板ではなく、女の子ならではの柔らかな、それでいて見事なおっぱい。
 本当の姿はちゃんとした男の子だというのに、今はここまで立派なものが胸元に膨らんでいて。
 その「元の姿」を知っている身としては、どうしても心がドキドキしてしまう。
 それに、今の秀樹は上着を巻き上げてるわけだから、なぜかもっといやらしく見えてしまうし。
 ……大きいなぁ。
「あの、柾木さん」
「……あ?」
「そこまでジロジロと見られると、こっちも恥ずかしくなるんですけど」
 向こうから聞こえてくるその声に、私はようやく我に戻る。
 あ、危なかった。
 秀樹が話しかけてくれなかったら、私、ずっとあの胸に釘つけになるところだった。
「ご、ごめん」
「いや、俺も今、なんだか照れくさくなってさ」
 私たちは、お互いに顔をそっと逸らす。
 ……まだランプをつけているからか、前を向くのが尚更照れくさい。
「ま、まったく、なんでおっぱいってやつはここまで恥ずかしいのかな。やっぱり目立つからなのかな?」
「そんなこと、こっちに聞かれても困るが」
「でもさ、やっぱり女の子のおっぱいと男のあそこって、目立つから恥ずかしいんじゃない?」
「だから、そんなこと知るわけないだろ」
 恥ずかしい。
 恥ずかしいから、早く次の段階に進みたくなってきた。

「……体が、話を聞かない」
 でもどうしてか、私はそれから体が動かせなかった。
 緊張しすぎて、体がカチカチになっているのを感じる。
 バカか。しっかりしろ、私。
 女の子のおっぱいを「別の姿」で目にしたことなど、一度や二度じゃないだろうに。
 っていうか、自分が元々はその女の子だというのに。
「まだ指震えてるよ、柾木」
「……っ」
 わかってる。
 今の自分が、あまりにもひどく焦ってることは、自分にもわかってるんだ。
 童貞じゃあるまいし、はっきり言ってすごく恥ずかしい。
 でも、やっぱり相手は秀樹だから。
 だから、しくじったらどうしよう、なんてつまらないことを思ってしまう。
「大丈夫だって」
 秀樹は、そんな私のことを優しくなだめる。
「柾木がどれくらい変態さんだったとしても、俺は全部、受け入れるよ」
「そ、そこまで言われるのもちょっとアレだが……」
「つまりね、勝手にしてもいいんだよ? 柾木のこと、信じてるし」
「……っ」
 顔が赤くなることを、感じてしまう。
 ここまで言われたというのに、これ以上遠慮なんかしたら秀樹に失礼だ。
 ……どんなに恥ずかしい自分だって、れっきとした「私」そのものだし。

 だから、私は恥じらいとか、そういう感情はいったん置き去りにして――
 ――秀樹のおっぱいにしゃぶりついた。
「え、ええっ?!」
 さっき戸惑ったのが嘘のように、自分の仕草は滑らかであった。
 さすがにいきなり過ぎたからか、向こうはすごくびっくりしたらしい。でも、今の私にとって、それはどうでもいいことだった。
 大きくて、柔らかくて、心地よい。
 世の中で、ここまで欲張りで素晴らしいものがあってもいいんだろうか。
「ちょ、ちょっと、柾木? さすがにこれはちょっと恥ずかしいよ?!」
 気にしない。
 初めておもちゃを手にした赤ちゃんのように、今口にしている乳首を、舐めてみたり、舌でころころしてみたり、遊んでみる。
「うわーどうしよう。柾木が赤ちゃんになっちゃったよ……」
 気にしない。
 ……そもそも、こんなに柔らかいものを口にしてるというのに、そんな言葉、まったく耳に入らない。
 れろ、れろ、れろれろ。
 目の前にあるおっぱいに、一所懸命にしゃぶりつく。
 本能のように、子供のように、ありのままの自分で、そのおっぱいを嗜む。
「も、もう、赤ちゃんじゃないからな~~」
 当たり前だけど、秀樹はまんざらでもないようだった。恥ずかしいからかどうか、声がちょっと震えている。
 ごく、ごくごく。
「なんであそこまで大きくなったのに、赤ちゃんみたいな顔でおっぱい吸うのさ~~。その、別に母……ミルクとか、そんなのは出ないぞ?」
 きっと、秀樹は母乳と言いたかったのだろう。でも、恥ずかしくなって途中で止めちゃったようだ。
 まあ、今の自分の姿が、滑稽であることは認める。
 でも、やはりこんな柔らかいもの、手放すわけにはいかない。
「ぅ……ううっ、恥ずかしいってば」
 私が乳首の方を攻め始めると、秀樹の顔は急に赤くなった。やはり、ちゃんと感じてるみたい。
 今の私に秀樹の顔は見えないけど、その声だけで、感じてるのはしっかりと伝わってきた。
「あ、赤ちゃんはこんな攻め方しないから……今の柾木って、ガキって言った方がいいかな」
「言ってろ」
 少しだけ口を離して、それからまた、乳首にしゃぶりつく。
 子供みたいってことはある意味的を得ていて、こんなに小さな乳首を弄ってるだけなのに、秀樹が感じてくれたり、喘ぐことがなんとなく面白かった。
 いや、もちろんこれは前戯だから、丁寧にしてあげたいというのもあるんだけど。
 決して欲望に走ってるだけではない。……決して。

 そうして攻め続けてると、口の中の乳首がだんだん固くなっていくのを感じる。
 ……これって、やっぱり感じてるってことかな。
 自分の愛撫で秀樹が感じてくれてるとしたら、こちらとしてはすごく嬉しかった。
 ゴツゴツした乳首が、なんだかすごく気持ちいい。
 せっかくだから、左手で反対側の乳首もちょくちょくと弄ってみる。
「ん……なんだか指先がすごくいやらしいぞ、柾木」
「愛撫だから当たり前だろ」
「そ、そこで開き直ると、こっちも恥ずかしい……っ」
 そんな秀樹の反応は無視して、私はおっぱいの攻めを続けた。
 ……自分から言うのもなんだけど、一ヶ月前までは露骨に嫌な反応をしていた相手の仕草だとは到底思えない。
 世の中っていうのは、本当にわからないものだ。
 だけど、こうして乳首を弄ってるのは本当に楽しい。
 こんな言い方もなんだけど、心の中の雄が暴れてるような感じだった。
 まるで発情した獣にでもなったような勢いで、目の前のいやらしいものをひたすら貪る。

「そ、その、なんだ」
 そんな感じで私が胸を貪っていると、秀樹がおずおず話しかけてきた。
「どうした?」
「あのさ、くすぐったいんだよ。その、体全体というか、下の方っていうか……」
「……あ、ごめん」
 そこまで言われてから、私は自分が、今まで秀樹のおっぱいだけ攻め続けていたことに気づく。
 たぶん、あの大きなおっぱいを見てから、ずっとそればかりが頭にあったせいだと思う。
 でも、このままじゃいけないな。ずっとこんなんだったら、私がおっぱりしか目に入らない変態野郎だと思われてしまう。
 ……いや、すでに遅いのかもしれないけど。
 とにかく、そんな気持ちで、私は秀樹の「下」へと手を伸ばした。
「……っ、そこは」
 初めは混乱していて気づけなかった秀樹も、ようやく何かがわかったような顔をした。
 きっと、未知なる感覚だと思う。
 私が、男のあそこを初めて「感じた」、あの日のように。
「へ、変だな、気分が」
「それはそうだろう。その、今まで感じたことがないだろうから」
「うん、ちょっと気持ち悪い」
 そう言って、秀樹はこちらからそっと視線を逸らす。
 きっと、今の自分の気持ちが伝わるのを恥ずかしいって思ってるのだろう。

「じゃ、その、……舐めるからな」
「う、うん」
 戸惑う秀樹の顔から視線を逸して、私はゆっくりと、そこへと頭を下げた。
 ――これが、秀樹の味なんだ。
 元の姿では味わえない、すごく倒錯的な、禁断とも言える「例外的」な味――今の私は、そんなものを味わってるんだ。
 きっと、これが秀樹の精液だったのなら、ここまでは思わなかったのだろう。
 元々は精液の形だったはずのそれが、女の子のそれ――愛液になってしまっているのが、私をここまで興奮させてるんだ。
「な、なんか、猛烈に恥ずかしいんだが」
「……じゃ、やめようか?」
 私がそう話しかけると、秀樹は今の自分の姿勢でもわかるくらい、ブンブンと勢いよく首を振る。
「いや、ちょ、ちょっとビビっただけ。少しペース落としてくれたら続けてもいいよ」
「了解」
 めでたく許可も取れたものだし、私は秀樹の股間を再び舐め始めた。
「は、はぅっ」
 そこへと指を伸ばすと、秀樹が敏感に反応してくる。
 やはり、ここで間違いないようだった。
「なんか、その……はぁ、怖い」
「それは、そうだろうな」
「うん、未知すぎるから」
 そう答える秀樹の声は、微かに震えていた。
 きっと、今の私が感じ取っているよりも怖いんだろう。今は私の前だから、なんとかこらえてるだけだ。
「じゃ、そ、その、触るからな」
「うん」
 だから、優しくそのクリの方を、ゴロゴロとゆっくり触ってみる。
「ひ、ひゃ、ううっ」
 今回は体を軽く震わせて、私の愛撫に答える。
 ちゃんと感じてくれているのが嬉しくて、思わず指に力が入ってしまった。
「く、くぅ、なんか変、切ないよ」
「あそこのクリトリスが、切ないのか」
「は、恥ずかしい……はぁ、なんか、よくわかんない気持ち」
 そう答える秀樹の顔には、戸惑いと照れ、そして若干の興奮と好奇心が混ざっているように思えた。
 私は秀樹じゃないから、今、どんなことを感じてるのかを全部わかることは叶わない。
 でも、かつての――「男としての」興奮を初めて知った時の私の経験で、それを推測することはできる。

「その、大丈夫なのか?」
「ん……何が?」
 自分の指先で感じている秀樹を見ながら、私はそっとそう聞いてみた。やはりどうしても、気になることがあったからだ。
「……今の秀樹は『別の姿』だが、それに手を出してるのは、その、『元の姿』の高坂柾木じゃない」
「あ、ん……そういうこと?」
 秀樹の「なんだ、そんなもんか」って反応に少し安心するけど、実は行為に及ぶ前から、これはかなり気になっていた。
 今の私は、あのツインテの高坂柾木ではない。はっきり言って、今の私は面白みも何一つない、ただの野郎だ。
 いや、元の自分だって、かわいいのかどうかはわからないし、自信もないけど。
 ……それでも、男の立場からすると、やっぱり「男」が自分の体を性的に触ってるのは、ちょっと嫌なのだろう。
 さっきの秀樹は、今の姿で自分を抱くことを許してくれたけど、どうしても私は、それが気になってしまった。
「別に問題ないじゃん。柾木が触ってるし」
「……今は別の方だというのに、よくもそれが口にできるな、秀樹は」
「あれ、ひょっとして照れてる?」
「て、照れてなんか……照れるわけ、ないだろ」
 おかしい。どうして今の場面で、私が顔を赤くして視線を逸しているんだろう?
 いや、その、嬉しい。すごく嬉しいけど、なぜか悔しくなってしまった。
「前にも言ったじゃん。俺にとって今の柾木だって、ちゃんと『あの』高坂さんとして思えるんだって」
「まあ、それはその、ありがたいが……」
「うーん、やっぱり信じられないとか?」
 そんなことを口にしながら、秀樹はこちらを上目遣いでじっと見つめる。乳首がツンと勃ったおっぱいを晒したまま、陰部を濡らしてこちらをじっと見つめるその顔が、「元の姿」の爽やかな印象と被って、すごく背徳的に思えた。
「言っておくけどさ、こんな恥ずかしい姿……というか、『別の姿』を見せられるのは、この世の中で一人、柾木だけなんだよ」
「そ、それはどうも。こちらもありがたいと思う」
「弱いところだって、きっとそう」
 いつもの――「元の姿」と同じ瞳をした秀樹が、私の顔をじっと見つめている。
「柾木は気づいてないかもしれないけど、俺さ、こんな姿になってから柾木にすごく助けてもらったんだよ? それこそ、心の奥底までね」
「お、大げさなんじゃ……」
「大げさなんかじゃない」
 なぜだろう。今の秀樹は、すごく怒ってるような気がする。
 以前にも拗ねた秀樹を見たことはあるけど、今の秀樹は、もっと心の奥から怒っているような気がした。
「自分から言うのもなんだけどさ、俺、人の前で弱いとことか、あんまり見せないんだよ。カッコつけたがるやつだから」
「……そうだったのか」
 それは、なんとなくわかっていた。
 あの雨の日、秀樹をおんぶして帰った時、なんとなくそんな気がしたんだ。
「親友とか、姉貴とか、変に弱いところ見せるとかっこ悪いからさ、いつも強がってたんだ。あんまりそう見えないかもしれないけどね」
「ああ、そうか」
「どう、幻滅した?」
「いや、全然」
 だって、前からそれは知っていたし。
 ……人なんて、みんな誰かの前では見栄っ張りな存在だと思うし。
「俺、今の柾木なら、恥ずかしいところだって見せられるよ。柾木がそんな俺のこと、受け入れてくれたから」
「……そうか」
「だから大丈夫。他の人からはどう見えてるかわかんないけど、俺にはちゃんと、目の前の人が高坂柾木だというのがわかるから」
「その、ご、ごめん」
「えっ、どうしてこんな流れになるの?」
 今度は私が、秀樹から目を逸らすことになってしまった。
 どうしよう。嬉しいというか、愛しいというか……他に相応しい言葉が思いつかない。
 こんな、「元の姿」の面影のかけらもない今の私のことを、そのまま受け入れてくれるとか、体が震えてしまいそうだ。
「その、変なこと聞いてしまって」
「別にいいよ。俺の体も疼いてきてるしね」
「……そういや、変に感じさせたまま待たせてしまったな」

「俺だって、柾木のこと、喜ばせられるんだからな」
「だから、なんでそこで意地っ張りなことを――っ」
 と、口にした時にはもう遅かった。
 秀樹のそのしなやかな指先が、私の――その、敏感なところに触れる。
 そう、つまり、私のペニスの方である。
 急にその指に触れられた私のペニスは、すぐビクッと反応してしまった。
「おお、男の一物って、こう見るとなんか可愛いねぇ」
「じょ、冗談する場面じゃないだろ、今は」
 まずい。まだ勃起すらしていないというのに、全身が震えるほど、感じてしまった。
 ……なぜか、今夜はものすごく激しくなりそうな気がする。

「だ、だから、もう駄目」
「え~~?」
 私がそう言うと、秀樹は明らかに不服の声を出す。

 はっきり言って、いわゆるフェラとか、自分でやったことすらない。
 ……やってもらったことは、そこそこあるんだけど。
 こんな人間のことを、果たして「女の子」と言えるのだろうか。
 いや、そもそも今は女の子でも何でもないが。
「れろれろ、ちゅる……っ」
 もちろん、秀樹だってフェラみたいなやつをやるのは生まれて初めてだろう。普通、男の場合には恋人がいたとしても、そんな経験、滅多にない。
 なのに、ここまで一所懸命で、私のことを思って。
 気持ちのいいことに加えて、私は思わず、顔が赤くなるのを感じた。

「ちゅぷ……どう、柾木、気持ちいい?」
 こちらの反応がそこまで気になっていたのか、秀樹はこっちを見上げながら、あそこから口を離す。
「な、何がだ」
「いや、フェラのことに決まってるんだろ」
「……そんなの、聞いてきても反応に困るが」
 私がそう答えると、秀樹は少し拗ねた顔をする。まあ、わからなくもない反応だけど……。
「あのさ、こっちは今までされたこともないフェラを頑張ってるのに、反応が気になるのも仕方ないだろ」
「そ、そうなのか?」
 その反応には、さすがの私もびっくりした。
 秀樹って、今までされたことないんだ。その、……フェラのこと。
 な、なんで私の方が、申し訳ない気持ちになるんだろう。
 自分もされたことがないというのに、秀樹は一生懸命、手探りで私を喜ばせようとしてるんだ。
「あっも、それはどうでもいいよ。で、気分の方はどうなの?」
「その、……気持ちいい」
 だから、私も恥ずかしながら、自分の感じたことを正直に話す。
 その答えを聞くと、急に秀樹の顔がパッと明るくなった。
「んじゃ、こんな感じで続ければいいんだよね?」
「ま、まあ、そうだな」
 ……我ながら、すごく煮え切らない反応であった。
 自分の情けなさに泣きたくなるけど、今はそんなことより、秀樹のフェラの方が大事である。
「でも面白いなぁ。男のチンコがだんだん大きくなってくのは」
「は、はしたないことは言うな」
「え~? お互いにえっちなことしまくってるのに、今さらそれ言う?」
「……」
 どうして、こんなどうでもいい場面で、秀樹に負けてしまうのだろう。
 すごく悔しいけど、その通りであるのは間違いないし、今はじっとしていよう。

 でも、ここまで来た以上、仕方がない。
 私はため息をつきながら、羽織っていたシャツのボタンを一つずつ外した。
 そんな自分のことを、秀樹がすごく熱い視線でじっと見つめている。
「へへ~~」
 何がそこまで嬉しいんだが、秀樹は私の裸身をジロジロと眺めて、気持ち悪い声まで出していた。
「な、なんだ」
「柾木さん、やっぱりいい体してますね」
「……そ、それは」
 仮にも警察に準ずる者なのだから、別にそれはおかしいことじゃない。
 でも、どうしてなのだろう。
 私の顔が、だんだん赤くなることを感じた。
「も、元の方と代わり映えがなくて悪かったな」
「いや、むしろ俺にとってはご褒美ですよ?」
「変態」
「さっき、こっちのおっぱいジュージューと吸ってた柾木がそれ言うんだ」
 ……は、恥ずかしい。
 本当のことだから、反論も何もできない。
「そもそも、他でもない柾木の裸って時点で、俺は興奮するんだよ」
「そ、そこまでか」
「いや、さっき柾木も俺のおっぱい見てすげー興奮したじゃんか」
「そ、その話題はもうやめろ」
 こっちが恥ずかしいから。
 ……このままだと、私、秀樹に負けっぱなしである。

「えっと、柾木さん、なんでそこを隠してるんですか?」
「いや、その……」
 なぜか、今、股間を見せるのがとても恥ずかしかった。
 もちろん、さっきにも秀樹にフェラしてもらったばかりだが……今回のこれは、自分で興奮した結果だから。
 女の子ならば、どれだけ感じてるとしても、こんな形ではバレないというのに。
 ちょっとだけ、悔しい。
 自分だけ欲望が丸出しされているようで、顔が赤くなることを感じた。
「まあ、恥ずかしいよね。わかるよ」
 自分の考えを読み取ったか、秀樹がそんなことを言いながら、私の肩に右手を置く。

 そうして、ようやく私たちは一つになる準備を終わらせた。
「……は、恥ずかしいね」
「そんなこと言うと、こっちまで恥ずかしくなるんだろ」
 なぜだろう、すごくこそばゆい。
 もうやることは殆どやったのに、いざ本番に入ろうとすると、急に照れくさくなるんだ。
 でも、いつまでこのままじゃ何も進まない。
 きっと秀樹は戸惑ってるんだろうし、私が導いてあげないと。

「――あのさ、柾木」
 急に、秀樹が私の胸板に顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめてくる。
「少しだけ、その、このままでいてくれない?」
 それ以上何も言わなかったけど、私は悟ってしまった。
 ……今の秀樹、やっぱり怖いんだ。
 こんな「別の姿」で、イッてしまうということが。
 今まではなんとか耐えてきたものの、挿入も終わって後は出すだけ、みたいな状況になると、急に不安になってきたのだろう。

「ごめん、変に止めたりして」
「別にいいだろ。一気にやらなきゃいけないわけでもないし」
 声が小さくなってしまった秀樹に、私がフォローを入れる。
 ……その気持ちに、私は覚えがあった。
 もうずいぶん昔、自分が初めて射精を経験して泣いた、あの頃の気持ちである。
「いや、俺、怖いんだよ」
 初めて、秀樹が弱音を吐いた。
 いや、以前にも似たような経験はあるけど――今回の弱音は、それらとは明らかに違う。
「あのさ、ここって笑っていいとこだからね? 自分でもすごく情けないから」
「笑うわけ、ないだろ」
「いや、今の俺、本当にみっともないし」
 私の腕を強く掴んだまま、秀樹はそっと視線を落とす。
 窓から流れてくる月明かりだけが、私たちの裸身を淡く照らしていた。
「柾木と一緒になると決めた時から、俺、覚悟してたはずなんだ。確かに怖いけど、それでも繋がりたい、って気持ちが先だったんだよ」
「……怖くなるって、当たり前だろ」
「違う、やっぱりその……自分が恥ずかしい」

「柾木って、そういう経験、あるんだ」
 そこまでは考えていなかったのか、初めて秀樹が、驚いたような口調になった。
「まあ、そうだろ。その、あの頃には男のこと、本当に嫌いだったし」
「ああ、そういや、そうだったね」
 ……今、こんなことをやっているヤツの口から出てくる台詞ではないけれど。
 それでも、あの頃の自分は、紛れのない「私」であったんだ。

「あ、その、もう動いていいから」
 いきなりそう話しかけられて、今回は私の方が困ってしまった。
「……大丈夫なのか?」
「いや、その、痛いよ? でも、もう平気」
「話がまったく噛み合ってないだろ、今」
 やっぱり、どうしても秀樹のことが心配だ。
 こちらだって繋がりたいし、気持ちよくなりたいけど、さすがに無理矢理にはやりたくない。
 すごく、痛むんだろうか。
 私にはまだ、「そちら」の経験はまったくないわけだけど……。
「本当だって。痛いのもだいぶよくなってきたし」
「だから、そこまで痛むなら――」
「わかってないなぁ。俺は今、柾木と繋がりたいんだよ」
 こちらが戸惑っていると、今回は秀樹の方が声を上げてきた。まだ痛そうだというのに、すごく悔しげな顔でこちらをじっと見つめている。

「ひゃ、ひゃぅ……! や、やだ。このままじゃ俺、あぅ……おかしくなりそう」
 秀樹の体が、まるで弾むように快感に反応している。
 自分がそんな姿にさせたと思うと、どうしようもなく気持ちが昂ぶるのを感じた。
 少し申し訳ない気持ちになるのも事実だけど、そんな秀樹すら愛しくてたまらない。
「も、もうやだ。ダメ。気が変になって……はぁ……イキそう……!」
「はぁ、そ、そうなのか。くっ……実は、俺も、そろそろ――」
 ぎゅっと力を込めて、秀樹のことを優しく抱きしめる。
 よかった。これで、一緒にイケるんだ。
「う、嬉しいなぁ、はぁ……いっしょに、イケるよね?」
「ああ、はぁ……もちろん、だ」
「ふ、ふぅ、それじゃ、いっぱい出してよね。俺が、その、全部受け入れてあげるからさ」
「そこまで強がらなくてもいい、はぁ……から、大丈夫だ」
「も、もう、おかしく……ひゃ、い、イク、イッちゃう……!!」
「ああ、俺も……イク……!」
 その声に合わせて、秀樹の中にある私のペニスも、荒々しく反応する。
 どぴゅっ、どぴゅっ……!
 私の欲望は、獣のような勢いで秀樹の中に注がれていった。
 あまりにも勢いが良さすぎて、穴でもあったら入りたいくらいだったけど、それでも、秀樹は笑うことなく、私の欲望をしっかりと受け入れてくれた。

 ――気持ちよかった。
 改めて並んで横になってみると、さっきの快感が噛みしめるように感じられて、雲の上の気持ちのようだった。
「なんていうか、一度やっちゃうとあっけないねぇ」
 こっちにベタつきながら、秀樹がそんなことを言ってきた。
 さっきはそこまで怖がってたのに、秀樹ったら、もうこんなことになっている。
「そういうもんだろう。秀樹もやる気だったし」
「いや、怖かったのは本当だよ? 柾木じゃなかったら、この姿であんなことやってたまるか」
 それは、かなり嬉しい。
 私にだけ「別の姿」を許してくれてる気がして、すごく誇らしかった。
「それはそれとして、柾木って上手かったなぁ」
 どこか悔しいという口調で、秀樹がぶつぶつそう呟く。
「……えっと、不満か?」
「いや、本当に経験あったんだなーと思って」
「秀樹だってあったんだろ」
「この姿では初めてなんだからな。全然違うぞ」
 確かに、それはその通りだ。
 女の子の体験と男の子の体験が、同じであるわけがない。
「むぅ、元に戻ったら、俺もちゃんと柾木のこと、満足させてあげるからな」
「はいはい」
「今、絶対に真面目に聞かなかったんだろ」
 そう言いながら、秀樹は頬を膨らませて、ぶーぶーとこちらを睨む。
 ……本人には不服なことだと思うが、そんな姿すら、今はただ愛しかった。

「今の俺、すごく幸せだと言ったら信じる?」
 となりで横になっている秀樹が、私を見ながらくすくすと笑う。
 ……私は、ここまで素敵な人を抱いてたんだ。
 それを思い浮かべると、どうしようもないくらい強い満足感が、私の体を満たしていった。
「あはは、ちょっとおかしいよね。まったく慣れていない『別の姿』だというのに、ここまで満足しちゃってさ。さっきはあそこまで泣き声出してたのに」
「……そうだな。秀樹って本当に変だと想う」
「でも、その、嬉しいだろ?」
「ああ」
「えへへ、なら俺も嬉しい」
 そんなことをささやきながら、秀樹はこっちの左腕に絡んでくる。
 それが嬉しくなって、私も肌をぴったりさせて、秀樹のことを強く感じた。
 今はお互い、元じゃなくて「別の姿」。
 でも、さっきの私たちは、ちゃんとお互いのことを感じられたんだ。

 ……私、ここまで幸せになっていいのかな。
 今の自分には、この気持ちのことが上手く説明できない。