機械仕掛けのコスモス・認識

 ――この世の中には、「ギガント」というものがある。
 わかりやすく言うと、それは巨大ロボットと同じものだ。
 他国との戦闘に向けて作られた、現代技術の結晶。実用性などはほぼ考えられず、あくまで見せつけのために作られた兵器。
 最先端の技術が詰め込められたはずなのに、実戦ではあまり役に立たず、後方支援やら偵察などに使われることが多い、強力な矛盾を抱いている存在。

 その「ギガント」の一つであったはずの俺の体は、何故かはわからないが――
 彼女の家だと思われる民家の隣に、文字通り「屍のように」倒れていた。

 確かに、俺は何かの戦闘中だったはずだ。
 他国の侵略だったのだろうか。おかしいことに記憶が不明確であるため、うまく思い出すことができない。
 そこで、確かに何かの砲による攻撃を受けて、そこから――
 記憶が、曖昧だ。
 そこから目が覚めると、こういう状況になっていた。
 これを見ると、やはり記憶が損なわれたような気がするのだが、今の自分には、これをどうにかする術がない。
 そもそも、自分が目覚めた「ここ」がどこかすらわからない。
 話が通じることを考えると、少なくともまったく関係のないところではなさそうだが……。
 この女性がギガントのことを「巨大な何か」と呼んでいたことが、さっきからずっと気にかかっている。

 ……それはそれとして、激しくアンバランスだな。
 機械ならではのゴツゴツとした無機質の姿が、草花に満ちたこの地の風景から見事に浮いている。
 ある意味山みたいな巨体の機械が、たかが(少し大きいとは言え)民家の隣に倒れているわけだから、むしろそうじゃなかった方がおかしくはあるが……。
 自然あふれる山間と素朴な民家に、いきなり殴り込まれたノイズ。それが今のギガント――自分の元の姿であった。
 反応なんて微塵も感じられない灰色の大きな図体が、ますますそのノイズっぷりに拍車をかけている。

「今朝、わたしが散歩のために外に出かけようとしたら、貴女のことを見つけまして」
「……ああ」
 そこからは、なんとなく見当がつく。
 いったいどういう経緯なのかはわからないが、彼女は自分の家のすぐ横に、得体の知れない「巨大なもの」と、今の俺が倒れていることを見つけたのだろう。
「あの時は本当にびっくりしたんです。外でもない大人の女性が、裸であの『巨大なもの』と共に倒れてたのですから」
「あ、ああ……その気持ち、わかります」
 自分は人間ではないのだが、さすがにその気持ちは察せる。
 ……こんなのどかなところに住む女性が、いきなり「あんなもの」を目にすると、驚くのも当然だ。
 それはそれとして、今の自分は周りから見ても「大人」の人間なのか。
 機動されてから何年くらいしか経っていない存在ではあるが、確かに、自分が青少年だという自覚はまったく持っていなかった。
「だから急いで中に運んで、眠らせていたわけですが……ともあれ、無事でよかったですね」
「そ、その時はお世話に……ありがとうございました」
 話がこんがらってしまう。
 こんな時にどう答えたら最善なのか、自分でも上手く判断できない。
「どういたしまして。貴女が目を覚まして、わたしもほっとしました」
 そう言いながら、彼女はこっちに向けて微笑みかける。
 ……あまりにも眩しくて、思わず視線を逸らしたくなってしまった。

 ――ちょっと待て。さっきの彼女、凄いことを口にしていなかったか?
「あ、あの、は、裸って本当なのでしょうか?!」
「はい。そろそろ暖かくなる頃だとは言え、貴女が裸で倒れてたことを目にした時にはすごく驚きましたよ」
 ……彼女の言っていた情報が、上手く処理できない。
 つまり、彼女に発見された時の俺は、その、何の服も身に着けていない素っ裸だったというのか?
 危険だ。それは極めて、いけないことである。
 さすがに人間ではない俺だとしても、その「人間」が裸でいることが、どれほどけしからんことなのかは承知しているつもりだ。
 そもそも、機械ごときが服など着るわけはない。だからこそ、今まで俺もそんなことは考えずに行動していたわけだが――
 ……そういや、今の俺は間違いなく、女性用の「服」をきちんと着こなしている。
 彼女に見つかった時に裸だったとしたら、つまり、それを着替えしたのも――
「……ひょ、ひょっとして、この服って?」
「はい、わたしのお古です。サイズが合うのかどうかがかなり不安でしたけど……上手く行ってよかったですね」
「あ、ああ……」
 こんな時、いったいどんな反応を見せたらいいのだろうか。
 俺はこの時初めて、「穴があったら入りたい」という言葉の意味を痛感した。
 もちろん、この体のことは謎だらけだ。そもそも自分の「元の姿」であるギガントは、彼女の家のすぐ近くに、屍のように倒れている。
 だが、これはそんな問題ではないと俺は考えた。
 どちらにせよ、「今の自分」がはしたないところを彼女に見せたというのが、こちらとしては恥ずかしい。
「そ、その、そういや、お古と聞きましたけど……」
「あ、その、下着の方もわたしのお古です。ちゃんと合っててよかったですね」
「……っ」
「あら、照れていらっしゃるんですか? やはり他人の下着は嫌だとか――」
「ち、ち、違います!!」
 顔が真っ赤になっていることを自覚しつつ、俺はブンブンと首を振ってそれを否定した。
 そう、そんな問題ではない。むしろそれは、どちらかと言えば恐れ多いくらいだ。
 その、別の問題は――
 自分の今の体を覆っているあらゆる感覚が、恥ずかしくてたまらない、というどうしようもない気持ちだった。

「それはそれとして、やはり何か事情でもお有りだったのでしょうか?」
 そんなことばかり考えていた俺に、いきなりその声が飛び込んできた。
 ああ、そうだ。
 今の俺は、いきなり人間になったばかりだったから忘れていたわけだが――誰からどう見たって、素性のわからないただの不審者だ。
 もちろん、自分があちらの機械だということを明かすわけにはいかない。
 ……いや、もし打ち明けたとしても、きっと向こうは信じてくれないのだろう。
 今の自分は女性の形をしているのだから彼女に拾われたわけだが、もしそうでもなかったら、きっと見捨てられたことに違いない。
 こんな自然溢れるところに女性一人で暮らしているというのに、そこに男性まで絡むとロクなことにならないからだ。
「え、えっと、その」
「やはりそうだったのですね」
 俺が話につまずいていると、彼女は何か察してくれたらしく、こちらのことをじっと見つめていた。
 やはり、こんな自分がここにいてはいけないんだろうな。
 どれだけ「今」は女性だとは言え、自分は正体不明の怪しい人間だ。そう気安く受け入れられるわけがない。
「そ、その、気づいたらここにいたんです。私、記憶が曖昧で」
 だから、今言える範囲で、俺は自分の境遇を口にした。
 確かに嘘は何一つつけていないものの、彼女を騙しているような気がして、すごく胸が苦しくなってくる。
 もちろん、機械に心臓なんかはないはずだが――人間の言葉を借りている立場では、仕方ないことではあった。
「あら、そうだったんですか」
「はい。今の自分には、もう行き場がなくて」
 情けない。
 一応大人であるはずの自分が、こんなことしか口にできないのが、ただただ辛かった。

 そんな感情に浸っていた俺に、驚くべき彼女の声が聞こえてくる。
「もし貴女さえ良ければ、ここにいてはいかがでしょう?」
「……ほ、本当でしょうか?」
 信じられない。
 ということも、今の自分は誰からどう見たって、ただの不審者だからだ。
「はい。わたしも長い間ずっと一人でしたし、ここって山奥の高台ですから、同居人が一人増えたってそこまで問題はないと思います」
「で、でも、やはり迷惑になるのでは……」
「このまま貴女のことを放っておく方が、こちらとしては心配ですよ? さっき、行くところもないと仰ってたんじゃないですか」
「そ、それは、そうですけど」
 どうすればいいのだろうか。
 彼女のその提案はとても嬉しく思うが――やはり、どうしても気が引ける。
 見ず知らずの人間(もちろん、実は人間でも何でもないが)が図々しく一緒に住むだなんて、やはり迷惑ではないのだろうか。
「やはり心配なんでしょうか?」
「い、いえ。とても嬉しいです。ありがたいのですけど――」
 俺があたふたしていることを見て、彼女はふふっと笑ってみせる。自分でも恥ずかしいとは思っているが、どうしても今は「いつものように」シャキっとすることができなかった。
「わたしとしては、むしろ貴女が一緒にいてくれると助かります。ここは山奥なのですから、あまり同年代の人がいないんですよね」
「そ、そうなんですか」
「はい、特に女性はわたし一人だけだったりします。ですから貴女がいてくださると、こっちとしては嬉しいんですよ」
 ……その話に、乗ってもいいのだろうか。
 やはり自分としては、どうしても迷ってしまうが……。それでも、せっかくの彼女の提案を否定してばかりでいるのも、助けていただいた礼儀ではない、と俺は判断した。
「じゃ、お、お世話になってもよろしいのでしょうか」
「はい、喜んで」
 そう口にしながら、彼女は優しい眼差しで、こっちをじっと見つめる。
 ……自分が実は女でも何でもないという罪悪感が、体を駆け抜けることを自覚した。

「ふふっ、これからは賑やかになりますね」
 本当に嬉しかったのだろうか。彼女の顔が、どこか明るく見えてきた。
「誰かと一緒に住むだなんて、本当に久しぶりなんです。あっ、そう言えば、まずはお名前を教えていただけないでしょうか」
「えっ?」
 と驚いたものの、確かに、彼女の提案は何一つおかしくはない。
 ……むしろ、名前も知らない不審者にここまでしてくれたことが不思議なくらいだ。
「はい、いつまでも『貴女』って呼ぶのも他人行儀ですし、やはり名前でお呼びしたくて」
「え、え、えっと……」
 彼女の合理的なその提案に、俺は思わず迷ってしまう。
 自分みたいな「ただの巨大ロボット」に、名前みたいな贅沢なものなど、用意されているわけがない。今まではずっと、機械らしく型番、つまり数字や文字の組み合わせで呼ばれていた。
 もちろん、それは人間の名前としては、明らかにおかしい。
 そもそも、無作為に近い数字や文字の組み合わせなどを、わざわざ自分のような存在のために覚えてもらうことが、俺はひどく憚られた。
 とはいえ、もちろん嘘を口にするわけにはいかない。
 つまり、今の俺はこの質問に答えられない、ということだ。

「……持ってません」
 いったいどうしてなんだろうか。
 自分から考えてみても、今の俺の声は細すぎた。
「名前とか、そういう大したものは、持っていません」
 声が、震える。
 自分の情けなさが目立つような気がして、心が苦しい。
 ……そんなもの、持ってもいなかった存在のくせに。
 人間の言葉を使うからこそ、こういう表現も自然に出てきてしまうのだ。
「あれ、それじゃ、覚えていないって話ではなくて――」
「はい。最初から、そんなものは持っていません」
「……そうだったんですね」
 女性は少し申し訳なさそうな顔で、こっちのことをじっと見つめた。
 やはり、変に気を使わせたような気がする。
 人間の感情に詳しいわけではないが、少なくとも、今の態度が「気を使っている」ものだということは把握できた。

 そんなことを思っていると、彼女はこんなことを口にした。
「今、貴女のすぐそばにある、あの葉ですけど」
 確かに、自分の足の横に、何かがある。
 下手すると踏んでしまったかもしれないくらい、すぐ近くにある植物だった。
「あれは、チシャの葉というものなんです」
「そ、そうなんですね」
 俺が戸惑いながらもそう答えると、彼女はこっちに向けて、ニコリと笑ってみせた。
 恥ずかしながら、自然についてはあまり詳しくない。
 ……戦闘用の機械に、そういう無意味な情報はいらなかったのだろう。
 それとしては、「人間」としての情報がちゃんとあったことが驚きだが。

「ですから、これも何かの縁だということで」
 それから続いた言葉を、俺は一生、忘れることはないだろう。
「わたしに貴女のことを、チサさんと呼ばせてくれませんか?」
 彼女は、俺に名前をつけてくれた。
 機械的な型番でもなく、「あなた」みたいな呼び方でもなく――俺だけを示す、特別な名前をつけてくれた。
 ……その名前が、女性を想定してつけられたものだということには、どう反応したらいいのかわからなくなったが。
 それでも、今はその事実が、あまりにも大きく思える。

 だから、断ることなんか、できるわけなかった。
「はい、ぜひお願いします」
 気がつくと、自分はそんなことを口にしながら、ゴクゴクと頷いていた。
 ……我ながら呆気なさすぎる態度だが、今の自分には、これしかできることがない。
「じゃ、これからそうお呼びしますね、チサさん」
 俺の答えを聞くと、彼女はこっちに向けて、柔らかく微笑む。
 いったいどうしてそう感じたのだろう。
 ――彼女の笑顔に、魂を引き抜かれそうになった。
 元々機械である自分に、魂など、笑い事に過ぎないはずなのに。
 なのに、どうして――今の自分は、そんな感覚に陥ったのだろう。
「あ、そういや、わたしの方の紹介がまだでしたね」
 しばらくぼんやりとしていた俺は、彼女のその声で、ようやくある一つの事実に気づく。
 ああ、そうだ。
 考えてみれば、彼女もまだ名乗らなかったのだ。
「わたしはハナ、と言います。さっきチサさんのいたあの家で、一人で暮らしていました」
「そ、そうなんですね」
「はい、ですから」
 その声と共に、彼女――ハナさんは、再び花のように微笑む。
「これからよろしくお願いしますね、チサさん」
 その笑顔が、あまりにも鮮やかだったため。
 俺はまた、何も言えずゴクゴクと頷くしかなかった。

 そうして再びあの家に戻ってきた俺は、今、ある部屋のドアの前に立っていた。
「こ、この部屋で合っているのでしょうか?」
「はい、そこの奥の部屋は、チサさんのご自由に使っていただいても構いませんよ」
 ハナさんはそう言ってくれたのだが、やはりこちらとしては、入るのに勇気が要る。
 とはいえ、いつまでもここで立ち尽くすわけにはいかない。俺は思い切って、ドアを開け、中に入った。
 広い。
 この家自体、いくら成人とは言え、女性一人が住むにはかなり大きい(素朴な家ではあるが)というのが初めて見た時の感想だったが、こうやって「空き部屋」とされていたようなところに入ってみると、その考えがますます強くなる。
 ――本当に、この部屋を俺が使ってもいいのだろうか。
 どうしてもそんなことを考えてしまうが、ひとまずは今、自分が「どうなっているのか」を確かめることが優先だろう。
 そんなことを考えて、俺は向こうにある鏡の方へと近づく。
 少し深呼吸をしてから――機械のくせに、どうしてこうなってしまうのかは自分でもわからないが――、ゆっくりと鏡の前に立って、目の前に視線を落とした。
 そして――俺は驚く。
「これが……俺だと?」
 目の前に映っているものが、信じられない。
 だが、他でもない鏡に映った姿だから、これはきっと、本当のものだろう。
 自分が発声したはずの「これが……俺だと?」という一言すら、その高い声のせいか、やけに違和感がある。
 しかし、今の自分が抱いている一番の違和感と言うと――
 自分が、見事に「本物」の人間になっているらしい、という事実だった。

 目の前の鏡に写っているのは、おそらく20代くらいだと思われる、少し背の高い人間の女性だった。
 ……自分でもこの目(これもまた、人間のものである)を疑いたくなってくるが、これは紛れもない事実である。
 女は腰くらいまでくる茶髪を持っており、頼りない表情で鏡をじっと見つめていた。俺が右腕を上げると、女もそれに従う。髪を引っ張ってみると、やはりそのように……痛い!
「ほ、本当なのか。これ」
 機動されてから初めて感じ取るその感覚に、俺は思わず目を背ける。だが、そのおかげで「これは現実」というのがだんだん受け入れられるようになってきた……ようだ。
 自分から考えても間抜けすぎて笑えてくるが、目の前の「女性」がまさにそのような笑えない顔をしていたため、一応は気をしっかりしておく方が先だと判断する。

 彼女――ハナが言っていた通り、その服は今の自分にぴったりと合っていた。
 ……自分が女モノの服を身に着けていることも、それが今の自分に丁度のサイズだということも、わかってはいるつもりだが、回路の処理が追いつけない。
 そもそも、自分が今身につけているのは、彼女の上着だけではなかったはずだ。
 ここまで考えると情報過多でどうにかなりそうだったため、この件はいったん、思考しないことにしておく。

 自分の本来の姿がロボット――機械だからか、どうしても体が柔らかすぎるような気がしてならない。
 つまり、心もとない体のように感じられた。
 もちろん、これは今の自分が女性の形をしているから、余計にそう感じているのかもしれない。だが、女にせよ男にせよ、俺にとって人間は「機械よりは」間違いなく脆い存在だった。
 今は現実に処理が追いついていないが、きっと、もう少しこの状況に慣れたらもっと正確に把握することができるのだろう。
 ……若干、希望的な観測ではあるが。

 どう考えても自分ではない「人間の女性」が、自分が取ろうとする行動をそのまま見せるのは滑稽な風景だった。
 体に纏っている薄いブラウンのワンピースが、自分が動くたびにゆさゆさと微かに揺れる。人間としての感覚だけでお腹いっぱいなのに、ああいう未知なる感覚まで襲ってくると、こっちとしては気が気でなかった。
 それに、鏡を見ているうちに気がついたが……鏡の向こうの女性には、間違いなく胸がある。
 いや、それは人間の女性としては当たり前だ。それはわかっているが、その女性が今は「自分」だというのが、何よりの問題である。
 自分も、人間というのはどういう存在なのかについては理解しているつもりだ。我ら機械にはなくて人間には存在するもの――それは、生殖機能だと言えるだろう。
 当たり前だが、機械は人間と違って生殖機能を必要としない。もし似たようなものを行いたいならば、ただ自分を複製するだけで済むからだ。わざわざ人間のような煩わしいやり方を取らなくても、機械は「自分のような」存在を作り出せる。
 ……そんな存在である俺が、普通の「生き物」のような生殖機能を持つということは、言葉通り未知なる感覚だった。
 普通の人間の男性ならば、もっと別のところに違和感を覚えるはずだが、ただの機械だった存在としては、そんなところじゃない。

 何せ、このようなありえない状況を経験するのは機動されてから初めてであるため、今でも上手く行きそうだという確信があまり持てない。
 ……機械として、かなりどうにかしている発言だという自覚はある。
 だが、この世の中にあるどんな機械だとしても、こんな「ありえない」可能性なんか、決して考えないのだろう。
 その意味では、俺は機械として正しい反応を見せているだけだ。
 誇張でもなんでもなく、こんな日が来るだなんて、考えたことすらないのだから。

 こうなったら、もう疑いの余地はない。
 本来の姿が何にせよ、今の俺は、紛れもない「人間」だ。
 もちろん、まだ確かな証拠を手に入れたわけではない。そもそも、今の俺が「どうして」こうなっているのかを考えると、キリがない。
 だが、少なくとも、鏡の向こうに写っているのは人間そのものだった。
 機械として、ここまで非現実的なことは認めたくないが、それでも、これが現実であるのはどうしようもない。

 ……いったいこれから、俺はどうなるんだ?
 その「現実」を目の前にしながら、俺はしばらくじっと考え込むしかなかった。