80.「反軍」の目的

「反軍」が攻めてきた日、「組織」はいつもより何倍も忙しくなる。
 基本的に、「反軍」は世界の「組織」とされる様々な施設を一斉に攻撃する。たぶんそのやり方が、いちばん「組織」の盲点をつけられると思っているのだろう。従って、「反軍」に責められると、全世界の「組織」に賛同するところ、つまり日本としてはここが一番騒がしくなってしまう。もちろん外には漏れないように気をつけるわけだが。
 もう自分は幹部の一人だから、絶対に現場に姿を現さなければいけないわけではない。だが、私も「反軍」が攻めてきた現場には出来る限り顔を出すことにしている。自分が作った作戦がどれくらい当たっているのかは、自分の目で見たほうがいちばん早いからだ。ついでに、自分の考えのどこが浅かったのか、次はどこを補充するべきなのかもよくわかるようになる。自分だってかつては「現場担当」だったから、やはり現場に行ってみる方が遥かにわかりやすい。
 なんとかあいつらを片づけてしまえば「現場担当」たちは一息できるわけだが、私のような幹部クラスの人間なら、そうにもいかない。
 だいたいの片づけが終わったら、こっちには膨大なレポートの作成が待っている。とは言え、実際にレポートの内容が長くなるわけではない。急な提出が求められるし、そこまで多い内容を押し付けたってまともに読んでもらえないからだ。内容は濃く、それでいて肝心なところだけをきちんと伝えること。いつも、「反軍」に攻められてからすぐ提出するレポートにはそういうものが求められている。
 しばらくしたら緊急会議が行われ、これからの対策を練る。もちろん、この会議は幹部全員の出席で行われるものだ。長く続いてしまうことは多いが、手短に終わることは滅多にない。今度もいつものように、会議は夜遅くまで続いた。
 もちろん、これ以外にもいろいろあるわけだけど……これが「反軍」が攻めてきた時の、いつものようなルーチンワークである。
 ……いつものような。
 なぜか、今日はそういう言い方に違和感を覚えてしまう。それこそいつも、同じように言ってきたはずなのに。

「ようやく落ちついたか……」
 どれほど時間が過ぎたんだろう。腕に目を落とすと、時計は午前12時半を指していた。
 あいつら――「反軍」が攻め込んだ時は、いつもそう。目まぐるしく状況が流れているため、自分のことを考える余裕など、これっぽっちもない。
 でも状況が落ちついたおかげで、ようやく、私は一人になれた。
 ……だから私には、「あの」連絡の続きが来ているかどうか、確認する義務がある。
 怖いと言わなきゃ、きっと嘘になるだろう。
 ひょっとしたら、私があの時「反軍」からの連絡に返事したことによって、こういう事態が起きたのかもしれないんだから。

 でも、やはり確認しないわけにはいかない。
 実際に自分のせいなのかどうなのかはともかく、自分の行動には責任を負うべきだ。
 だから、私はゆっくりとパソコンの前に座って、いつもの通りメールのアプリを立ち上げる。
 恐る恐る、確認してみたら――
「……っ」
 やはり、以前と同じ連絡先から、メールが届いていた。
 どうしてだろう。心臓がやけに激しく跳ねている。ここまで動揺しなくてもいいはずなのに、マウスを掴む手が震えるのを感じた。
 落ちつけ、私。
 確かに、今は「反軍」を相手にしているわけだけど、自分なんてそこまで大した存在じゃない。作戦部長とか、ここの「組織」の幹部の中では下っ端のようなもの。そこまで緊張することなど、決して起こらないはずだ。
 だが、もしそうだとしたら、どうして「反軍」はわざわざ私に連絡を取ってきたんだろう。
 わからない。わからないからこそ――この状況から、目を背けたい。
 たとえ、それが社会人として許されないことだとしても。

『返事が遅くなってすまない。今度の動きのことで、どうしても遅くなってしまった』
 ……もはや、その連絡先の主は疑うまでもない。
 これは間違いなく、「反軍」の仕業だ。
『あなたの反応を長い目で観察したかった。あなたが我らに返事をしたことによって、少なくとも我らに向き合う意向はあると判断した』
 そのメールをじっと読んでいた私は、この言句で目を留める。
 ……私の反応が見たかった?
 そういや、たしか最初にもらったメッセージにも、「あなた」に話がある、と言ってたっけ。
 さすがに「組織」全体の反応を見たかったのなら納得だが、どうしてよりによって、私なんだろう。やはり気になる。
 そこまで思うと、気づかないうちに指が動いていた。
『「組織」ではなく、自分にか?』
 このまま送くろうかと悩んだが、そういやもう一つ、気になったことがある。
 そう、他でもない秀樹のことだ。どうやらあちらは私に興味を持っているようだし、ならば、あの不可解な出来事にも理由があったんじゃないんだろうか。
『ひょっとして、以前、橘を拉致して、『姿を変えた』ことも――』
 だから、それを加えて、私は震える指で「送信」を選ぶ。 

『そう、あなたに興味が湧いたから』
 今度の返事は、恐ろしいほど早かった。
 以前、3ヶ月も待たせたことを考えると、天と地の差である。
 だけど、ここで私は思わず頭を傾げた。
 どうして他でもない、この私に興味を持ったんだろう?
 ……いや、もしそうだったとしたら、私たち「組織」とは何の関係もない秀樹が「別の姿」で発見されたのも納得がいく。
 納得はいくけど……。あの時には親しくもなかったはずなのに、どうして秀樹だったのかはやっぱりわからない。
 まあ、私と親しい人を「別の姿」などにして反応が見たかったなら、お姉ちゃんはまずダメだし、選択肢はあまりないと思うが。
『興味とは?』
『こちらから言い出さなくても、あなたなら気づいているはず』
 ……ずいぶん思わせぶりな返事だが、確かに、私に目をつけている理由なら、一つ見覚えがある。
 私が、ここの幹部たちの中で大きく変わっているところ。
 ――自分の歳と、「別の姿」のことだ。
 はっきり言って、それが仕事に大した影響を及ぼすわけではないが、「違い」であることは否定できない。
 特に、後者の方は。
 たぶん、今、「組織」に関わる人物の中で、現役で「別の姿」になっている者は、きっと世界の中で私一人だけだ。
 そういうもの、ぶっちゃけどうでもいいことだと思うが――
 ――あちらにとっては、そうじゃなかったかもしれない。

『どうしてだ。どうしてこちらの反応を引き出すために、何の関係のない一般人を巻き込む必要がある』
 それにしても、これはあまりにも理不尽だ。
 仮にも幹部の一人である私ならともかく、どうしてこっちの反応を探るため、秀樹まであんな目に合わせたんだろう?
 自分って、そこまで凄くて、注目しがいがある人間だっけ?
 当たり前だが、「組織」と「反軍」の争いは全世界規模だ。私じゃなくても、注目すべき人材は世界にたくさんいるはず。そもそも、ただの日本側の下っ端幹部に過ぎない私が、どれだけ変わった存在とは言え、ここまで興味を引かれているのが実感できない。
 ……まあ、向こうの「反軍」の人がそう思っているだけかもしれないが。独断ではない行動にせよ、そこまで大きなスケールで考える必要はないかもしれない。
 それでも、やっぱり納得はできないけど。
 全世界を変化させる目的で活動しているはずの「反軍」が、どうして、ただの日本の「組織」側の幹部の一人でしかない、私に興味を持った?
 きっと、自分にめぼしい影響力など、微塵もないはずなのに――
『それがそこまで気になるんだろうか?』
 そんなことを思っていたら、戻ってきた返事は予想を超えるものだった。
 だって、その文面は。
『なら今度の土曜日、こちらが指定するカフェで話し合いたい』
 ……今まで考えたこともない、大胆な提案だった。

『どうするつもりだ』
 もちろん、それをありのまま飲み込むほど、私の心は緩んでない。警戒するのは当たり前だ。
『別に。そちらを害するとか、そういうつもりはまったくない』
 向こうからは、さっきのような淡々とした口調でそういう返事が戻ってくる。これだけでは、相手がどういう意図を持っているのか、まったく読めない。
 ……「組織」と「反軍」の問題だし、それが当たり前ではあるが。
 今までの出来事があまりにも子供じみていたため、それを忘れそうになっていた。
『建設的な話がしたい。もちろん、そちらの上層に報告しても構わない。こちらはただ、あなたと話がしたいだけ』
「……」
 思わず、私はじっと画面を睨む。
 あちらのこういう反応に、どうすればいいのか、よくわからなくなってしまった。
『もしあなたが来てくれるならば、どうしてあなたに興味を持ったのかについて説明する。きっと、これはそちらにとって悪くない話になるだろう』
「……」
『こちらとしては応じてくれると嬉しいが、どうだろう』
 私は、しばらく考えた。
 これを見逃して上層部に報告するだけなら、もう何も考えなくたっていい。いつものような日々が私を待っているんだろう。
 で、ここで私が「行く」と返事をしたら、どうなるか。
 もちろん、向こうの人間と出会って、その「話」とやらを聞かされることになるはずだ。相変わらず、向こうの意思はまったく読めない。だが、ひょっとしたらあちらで言う通り、「こちらにとっても悪くない」話である可能性はある。
 どのみち、向こうが私に関心を持っていることは明らかだ。
 別に今までの通りの対応でもいいんだろうが、私にとっては、どうしてもそれが気になってしまう。

 それに、どうせ――
 あちらが私に関心を持っているのが本当のことなら、ここで無視したって、また同じことの繰り返しじゃないか。
 結局、今、この提案を断っても逃げているものと同じ。
 ……私はどういう思いで、あの連絡に返事をしていたか。自分ならきっと、その意味もわかるはずだ。
『なら、上層部に話を通しておく。それまで何も起こらなかったら、そちらの提案を受け入れよう』
 気がつけば、私は自然にそんな文面を送信していた。
 まるで何か、魔法にでもかかったように。

 なんとか文面を綴って送ってみたら、今度も返事は嘘のように早かった。
『じゃ、その日を楽しみにしているから』
 そこで、連絡は途切れた。私は頭が白くなったまま、モニターにずっと視線を落としている。
 ――私は確かに、画面の向こうにいる「反軍」の人間と、約束を交わしたんだ。
 もちろん、これも上層に報告するつもりである。あちらとの連絡を、残さず報告するのは当たり前のことだから。
 だが、会いに行くのは本当のことだ。「組織」の幹部の中ではただの末端に過ぎない私が、「組織」を代表して、あちらと連絡を取ることになるんだ。
 一応、どうして自分に興味を持っているのか、を聞くための場ではあるが……。たぶん、遠くから見るとどのみち、「組織」と「反軍」の話し合いだと思われるんだろう。
 正直、未だに信じられない。
 いや、うまく信じることができなくなっている。あまりにもこの状況が、ぶっ飛び過ぎたから。

 ……どうして、私だってんだろう。
 どうして、「反軍」のやつらは、高坂柾木という人間に目をつけたんだろう――