74.あの頃の思い出

「んで、昨日の夜は恋人同士でいちゃいちゃしてたって話か?」
 私がようやく「組織」に戻ってきて、お仕事ばかりしてから廊下へ出てくると、まるで待っていたように、慎治が「端末」でゲームを楽しんでいた。
 まあ、つまりいつものような風景である。
 こいつ、まともに訓練はやってるんだろうか。いつもながら気になるな……。
「おい、柾木」
「ああ、甘い時間を過ごしてた。これでいいのか?」
 慎治の声に現実へと戻った私は、適当な口調でそう答える。
 そういや、今までずっとあいつに昨日のことを話していたんだった。別に大したことをしていたわけでもないのに、慎治は不思議なくらい昨日の出来事に興味を持っていた。
「ちくしょ~~」
 それだと言うのに、私の話を聞いた慎治はだんだん不機嫌になっていく。
「なんで俺よりお前がさっきに恋人なんか作るんだよ。俺が絶対先だと思ったのに」
「知らん。それこそお前が勝手に怒ってるんだろ」
「腹が立つのは立つんだから仕方ないんだろ!」
 これがいわゆる逆ギレってやつか。
 あまりにも理不尽すぎて、もうこちらからは怒る気にもならない。
「っていうか、ひょっとしてお前、ヤキモチしてんのか?」
「や、ヤキモチ?!」
 軽くあしらってみたら、慎治の顔が急に赤くなる。どうやらどこか思うところがあるようだった。
「お、俺が誰にヤキモチするんだ? ひょっとして、た、橘さん……」
「……お前って、未だに秀樹のことが好きなのか?」
「そんなわけねえだろ!」
 あまりにも激しい否定に、もはや突っ込む必要すら感じない。
 いや、でも「別の姿」ってことがわかってるというのに、未だに秀樹の話題になるとああいう反応なのか。この野郎は。
「お、俺はもう割り切ってるんだ。あの姿は仮のものだ、本当のものじゃないんだ、って」
「どうして自分に言い聞かせるような口調なんだ」
「うっさい!」
 やっぱり慎治だ。本当に軸がブレない。
 ……こんなところくらいは、少しブレてもいいけどな。

「と、ところで俺ら、ホントいろいろあったんだな」
 もうそこに突っ込まれるのも嫌になったのか、慎治は露骨に話題を変えた。
「……そうだな」
「ま、さすがに自分の親友が女だったというオチは考えたこともなかったが……い、いかん、これじゃ俺がまた不利になる」
「だから、何がだ」
 こっちが呆れてみせると、慎治はまた視線をそっと逸らしてから、話を続けた。
「でも、初めて出会った時にはいろいろあったんだろ。他の『現場担当』のみんなとな」
「ああ」
 私は今、「組織」の幹部の一人であるが、何年も前までは普通に、慎治たちのようなただの「現場担当」だった。
 その時、私は懲りずに「別の姿」の自分のことを女の子だと言い張っていたわけだが……まあ、もちろんあの時の思い出はそれだけじゃない。

 あの時の私は、嫌がりながらも自分と同年代の男の子たちといっしょに生活しながら、時には「メカ」を装着して「化け物」を倒していたわけだけど……。
 振り返ると、ほんとに色んなことがあった。特に慎治とはなぜかよくつるむ機会があったため、変な思い出もいっぱいある。
 下着のままレスリングごっこに付き合わされた日もあったし、変な下ネタで盛り上がってる(ことを遠くから呆れた顔で眺める)こともあった。
 みんなでいっしょにお風呂に入るのは当たり前。どこかで流れてきたえっちな動画で盛り上がったり(もちろん私は呆れた顔で突っ込んでいただけだったが)、無関係な女の子をナンパする羽目になったり、サッカーやバスケなど、みんなといっしょになって遊んだり……。
 今考えてみると、たぶん私、同性の女の子の友だちより、あいつらと仲良くしてたことが多かったのかもしれない。
 自分って、やはり同性の友だち、上手く作れなかったから。
 ああいう、みんなで遠慮なく盛り上がる単純な空気は、バカ臭いけど、かなり好きだった。
 ……あの時にはもちろん必死に否定してたわけだけど。
 そもそも学園でもない、一応立派な「会社」でああいう騒ぎ方をずっとしてたわけだから、こっちとしてはやはり、すんなりと受け入れられなかったんだ。

 そう、今振り返ると、あの日々はまるで会社でやるおままごとみたいな感じだった。
 例えばそれは、なんか学園っぽい研究所みたいなところで、ガキどもが年相応にドタバタと騒いでいるような光景。
 明らかに噛み合わない風景だが、誰もそれを「おかしい」とは指摘しない。
 だって、そこにいる全員が、「これはおかしいけど、仕方ない」とわかっていたんだから。

 私が、慎治が、他の同年代の男たちが過ごしていたのは、まさにそういう環境。
 どれだけ現実離れな風景だとしても、ここにさえいれば、それは間違いなく「現実」そのものだった。
「メカ」があるのも、その「メカ」を着て「化け物」と戦うのも、全部日常の出来事。
 時折はケンカし、時折はいっしょに遊んだりもするけど、これらはみんな、まとめて「いつものこと」だった。
 明らかに「異常なもの」なのに、気がつけば、それが当たり前のことになっている。
 私にとって、「現場担当」として過ごした何年間はまさにそんな感じだった。
 ……「化け物」的な意味でも、「別の姿」的な意味でも。

「何しみじみしてんだ、柾木」
 そんな私に呆れたのか、今度は慎治がそんな口調で話しかけてきた。
「てか、なんかしんみりした空気になってきたし。この話振ったの、失敗したかな」
「別にそうでもない。昔のことも、今になってはいい思い出だからな」
「へ~……意外だな。お前にとってもそうなのか?」
「そりゃそうだったんでしょ。柾木はあの時、いつも茨城くんのこと『あんなやつ』呼ばわりしてたけど」
「だ、誰だ?!」
 あまりにも急な第三者の登場で、慎治どころか、私すら驚く。
 私たちの近くには、いつの間にか、澄ました顔の雫がニヤニヤしながら立っていた。
「あ、あああ、綾観さん?!」
「お久しぶりだよね、茨城くん。まあ、あんまり話すきっかけもなかったし」
「……自分から慎治に話しかけるなんて、思い切ったな、雫」
 それは決して、大げさな反応じゃない。
 たしかに、雫は男のこと、嫌ったり怖がったりする素振りは見せないけど……あまり自分から近づくことはしなかったわけだから。
「以前にも言ったけど、やはり勇気くらいは出したいと思って。どう、うまく行った?」
「……今の綾観さんの態度、ものすごく堂々としてるけど」
「こう見えてもちょっと緊張してたんだよ。男の人に自分から話しかけるだなんて、何年ぶりだろ」
「当たり前のように柾木のことは除いてるな、おい」
「そりゃとーぜん。柾木は特別な人だし」
 そう口にしながら、雫は意味ありげな視線でこっちを向く。
 ……もう婚約者じゃなくなった今でも、そう言ってくれるのはとても嬉しい。

「そういや、最近は俺の『別の姿』のことも、素直に受け入れられるようになったようだな」
 さっき交わしていた会話を思い出しながら、私はそう口にした。
 あの時にはあそこまで激しい反応だったのに、今は割と平然としているような気がする。
 その話を聞くと、慎治は明らかにテンションが下がった顔で、渋々と口を開いた。
「まあ、あの時のお前ってマジで女っぽかったからな。今考えると、あの『元の姿』なんちゃらってやつとかなり似てる……」
「なんで遠い目をしてるんだ、お前は」
 こちらから明らかに視線を逸らしている慎治を見ながら、私はため息をつく。
 とは言え、その話はまったく間違ってなかった。今はこんな見た目だが、あの時の私にはまだ「元の姿」の面影らしいのかちゃんと残ってたんだ。
 だから、「あんなこと」をやる羽目になったわけだし……。
 こ、この話はよそう。
 こんなのが慎治にバレちゃったら、それこそ一生弄られてしまう。

「あ、そういや、わたしも一つ、聞いても良い?」
 そんな私たちのやり取りをじっと聞いていた雫が、急にそう聞いてくる。
「なんだ?」
「柾木って、あの『機械』なんたらでああいう『元の姿』になるんでしょ?」
「……なんか激しく間違ってるような気もするが、まあ、そうだ」
「そのカラクリのことは柾木にもよくわかんないと思うけど……実は柾木って、髪の毛長いんだよね? あれ、どうなってるの?」
「あ~。あれは俺も気になってた。ほんとどうなってんだ、柾木?」
 ……そういや、そっちのことは話してなかったっけ。
 まあ、あまりにもくだらないことだから、口にするのもなんだけど……。
「たしかに詳しいわけじゃないが、その、俺が『別の姿』になっても元に戻れるのは、なんか体の慣性を利用したものだそうだ。それとはあまり関係はないが……、どうも、『元の姿』の髪の毛は『別の姿』になる時に、するりと抜けてしまうらしい」
「え~~?!」
「な、なんだ。新手のホラーか?!」
 私がそう口にすると、雫も慎治も、こっちがびっくりするくらい目を丸くする。た、たしかに、いつも『別の姿』になる時には髪が刈られたりするんだけど……。そこまで驚くところなのかな、これって?
「す、すげーな、それって。あの長さから考えると、絶対にカツラがたくさん出来るな」
「よくもそんなことまで思いつくな、お前も」
 とは言え、慎治の考えも別におかしなわけじゃない。
 ……どうやら私の刈られた髪、実際にカツラとして大活躍しているらしいし。

「へえ、柾木くんの髪の毛、実はけっこう長いんですね」
「だ、誰だ?!」
 また突発に聞こえてきた声に、今度は私が驚く。
 そこを見ると、たぶん偶然通り過ぎていたと思われる美由美が、興味津々って顔で私たちをじっと見ていた。
「あ~。高梨さんじゃない。久しぶり」
「はい、綾観さん。わたしも最近姿が見えないから、どうしたものかなと思ってました」
 雫と美由美が挨拶を交わしていると、慎治はものすごく複雑な顔をしていた。まあ、慎治って雫とも美由美ともそこまで親しかったわけじゃないから、戸惑うこともよくわかる。
「わたしはもう、柾木の婚約者じゃなくなったからね。でも、忙しくなかったらたまには大丈夫って言われたから、こうやって様子を見に来たわけ」
「そうなんですね。でも、これからも来られるようでよかったです」
「えへへ、これからもよろしくね?」
「羨ましい、羨ましいぞ、柾木……!」
「頼むから、こんなことでこっちを睨むのはやめてくれないか」
 やっぱり慎治ってめんどくさい。私が心から、そう思っていた時だった。
「でも、きっと髪が長い『柾木ちゃん』も、かわいいんでしょうね。楽しみです」
「柾木ちゃん?」
「柾木ちゃん?!」
 あまりにも突然な呼び方に、慎治も雫も、顔が固くなっている。
 ……またこの空気か。
 みんなもそうだろうけど、私もそろそろ、この空気が照れくさくなってきた。

「こ、こいつ、いつの間に高梨さんとあんな関係になったんだ?!」
 やはりと言うべきか、慎治はまたこっちを睨みながらそんなことを言ってきた。
 ……もう飽きたな。こういうやり取りも。
「あんなも何も、慎治が気にするもんじゃないだろ」
「そ、それはそうだが! お前、それなら橘さんは! ……あの橘とはどうなってるんだ!」
 ああ、今度はこう来ちゃったか。
 まあ、あんまり口にするつもりはなかったけど、こうなった以上、仕方ないかな。
「そっちの心配は御無用だ。次の土曜日、つまり明日にデートすることになってる」
「……は?」
 こっちの話を聞くと、慎治の顔が完全に暗くなった。今度はいったいなんだろう。もうこっちも頭が痛い。
「だから、やるって言ったんだろ。明日の土曜日」
「……」
「……」
「……」
 私がそう言うと、今度は慎治を含めたみんなが、目を丸くしてこっちをじっと見ていた。
 な、なんだろ。私、思わず不味いことでも口走っちゃったかな?
「こ、この……」
 しばらくそんなふうに時間が流れてから、やがて慎治が、私のことを睨み始める。
「この人でなし――!!」
「今度はなんだ、いきなり?!」
 急にそんなことを叫んだ慎治に、私はもう訳がわからない。
「なんで俺より遥かに忙しいのに、彼……彼女……ともかくデートなんかする相手がいるんだ? こんなのって不公平だろ!」
「知るか。自分のことは自分でなんとかしろ」
 やっぱりただの八つ当たりだったか。
 こいつはいつもこんなふうなんだから、あるくらい、予想していたことだけど。
 とりあえず、慎治はあの女好きな性格をなんとかしないと、たぶん永遠にモテないと思う。
 ……たぶん周りからもそう思われてるはずだが。
「あ……ちきしょー……いったい俺、どこから選択肢間違えたんだろ……」
「まあ、勝手に反省しとけ」
 私が冷たくあしらうと、慎治はしばらくじっとしてから、やがてこんなことを言い出した。
「あのさ、柾木。お前のこと、もうちょっと優しくしてたら今より好感度上がってたか?」
「知らん」
「しくしく……」
 たぶん、どうあがいても私とこいつの関係って、変わらなかったと思うけどね。
 きっと、悪くなることもなかったと思うけど。

「そっか、柾木って、わたしたちだけじゃなくて茨城くんにもモテモテだったんだね」
「すごいですね。柾木くん」
「いや、それはどうだろう……」
 ともかく、明日は秀樹と久しぶりのデートだ。
 みんなにもこうして冷静なふりをしてるけど、実際にはどうなるんだろうか……。