そうして、次の休日。
「ほ、本当にいいんでしょうか」
「ああ。俺もいつか、美由美の家に行ってみたかったからな」
私は美由美といっしょに、はじめて「美由美の家」に訪れようとしていた。今はちょうど、そこに向かっているところである。
……美由美の家に訪れるの、はじめてだな。
実は昔からずっと、美由美の家は気になっていた。
以前、久しぶりにこちらから連絡すると、美由美はものすごく驚いた。
『え、えっ? た、たしかに、まだ心配ですけど……』
『そうか。その、俺でもいいなら、何か力にはなれないか?』
『ありがとうございます。お気持ち、とてもうれしいです。柾木くんが、そこまでわたしのことを心配しているとは思わなかったから、ちょっと慌てちゃいました』
美由美はいつも遠慮しがちだから、やっぱり驚きながらも、どこか抑えめの反応だった。でも、「端末」でメッセージのやりとりをするうちに、美由美はこんなことを話してくる。
『今月に入ってからはあんまり行けてない気がします。メンテすべきメカも多かったですし、他にもいろいろ……』
『そうか。なら、そろそろ家に戻ったらどうだ? 最近は「集団」から襲ってくることもなかなかないから、まだ余裕のある方だとは思うが』
『ですが、わたしが抜けちゃったらみんなに迷惑をかけてしまいそうで』
『そんなこと、思わなくてもいいのに』
そこまで考えた私は、とうとう勇気を出すことにした。やっぱり、美由美の「担当」として、家には一度訪ねてみたい。もちろん、「担当」じゃなくても気になるけど。
『じゃ、これはあくまでお願いだが』
『はい?』
だから私は、そういうことを「端末」に向けて打っていた。
『できるなら、今度の休日に、俺もいっしょに美由美の家に行けないか?』
私が美由美の「担当」になったのは、ある意味、すごい偶然だった。
自分が「別の姿」になって「組織」で働くことになってから間もなく、美由美はこの「組織」のエンジニアとして採用された。エンジニアって、今となってはほぼ誰でもできる作業ばかりなんだから、未経験者である美由美が選ばれてもおかしくはない。
でも、「組織」にやってきたばかりの美由美は、やっぱりやってきた理由が理由だけに、心細そうにしていた。ここで働けることはよかったが、誰かに責められたらどうしよう、みたいなことが心配だったらしい。
だから、偉い人たちはしばらく考えてから、私に美由美の世話を任せた。
って言っても、悩みがあったら聞いてあげたり、ここのことを教えてあげたり、そういうことくらいだったけど……。私も事情を聞いて、美由美の力になってあげたかったため、それにすぐ応じた。
そうして、私は現場で働いていた時、美由美の世話を焼くことになったわけである。
美由美は「柾木くんに手間ばかりかけて」みたいなことを言ってたが、私にとって、そういうのはまったく苦労じゃなかった。
そんな日々が続いていた時に、私はいろいろな事情が重なって、現場を離れ、「作戦部長」とかいう偉い職に就いた。
それは、これからは美由美の世話を焼けないかもしれない、ってことを意味する。
はっきり言って、あの頃の私は大いに悩んだ。
――これから美由美と、よそよそしい関係になったらどうしよう。
美由美はいつも「手間をかけてしまって」みたいなことを言っていたが、私は、抑えめながら優しい美由美のことを、友だちみたいな存在だと思っていた。
肝心の美由美がどう思っているのかは、私にもよくわからないけれど。
ひょっとしたら、実はウザいって思われてるんじゃないかって、私はすごく心配していた。
よかったことに、私が晴れて美由美の「担当」に決まると、「とても嬉しいです」と、はにかむ顔で話してくれたけど。
ここでいう「担当」ってやつは、わかりゆすく言うと、美由美のようにちょっと変わった事情でこの「組織」と関わることになった若い人のためのものだ。
つまり、私のような「現場担当」より偉い位置にある人に、そういう若い人をフォローしたもらう。
今まではあまり意味のなかったその制度が、「作戦部長」になった私によって、初めて意味を持つことになった。
従って、私は美由美の「担当」に決まり、今のような関係を続けている。
……あの時、ひょっとしていちばん嬉しかったのは、美由美の方じゃなくて、私だったのかもしれない。
「あ、つきました。ここです」
そんなことに思いを巡らせていた私は、美由美の声で現実に戻った。
目の前にあるのは、たぶん平成以前に建たれたと思われる古いマンション。
どうやら美由美の家は、このマンションの中にあるらしい。
「え、えっと、あんまり見どころはないですが、どうぞ」
「ああ」
私は美由美と共に、マンションの中に入った。
一階、二階……三階の廊下をずっと歩いていくと、そこに美由美の家はある。
そして、美由美がベルを鳴らすと――
「お姉ちゃん!!」
そんな声が奥から、すぐこっちに向かって飛び込んできた。その声は一つじゃない。男の子と女の子、それも一人二人じゃなくて、4人くらいはいそうだった。
それから間もなく、その声の持ち主たちが次々と現れる。みんな小学生くらいかな。一人くらい、幼稚園に行ってそうな子もいたんだけど……。とにかく、みんな幼かった。これなら、美由美が家族のことを心配するのも納得だ。
「ただいま。みんな、元気にしてた?」
「うん! お姉ちゃんの顔、見たかったの」
「わたしだって、みんなの顔、見たくてしょうがなかった」
子供たちの頭を優しくなでながら、美由美が微笑む。わたしの前にも滅多に見せない、すごくゆるんだ顔だった。
「えっと、そういや、美智琉は?」
「あ、美智琉お姉ちゃんは――」
美由美が聞くと、子供たちの中の一人が少し困ったような顔をする。そういや、次女である美智琉は美由美とあんまり年が離れてないはずなのに、ここでは見つからない。
その時だった。
「おはよー姉さん。ずいぶん久しぶりね」
さっきまでじっと閉ざされていた奥の部屋。そこで誰かが、そんな伸びた声と共に出てくる。
美由美とは違って、少し気が強そうな、すっきりした印象の女の子。
髪も長いポニーテールだし、こっちに向けて胡散臭いって視線を送ってくるし、美由美とはいろいろと正反対のような予感がした。
「あ、紹介しますね。こちらは美智琉。高梨家の次女で、わたしの妹です」
「へーこの人、だれ?」
「高坂柾木だ。美由美とは『組織』でお世話になっている」
私はそうして、高梨家のみんなを見渡しながら自己紹介をこなした。あんまりこういう機会はなかったし、ちょっと緊張する。バレてないと思うけど。
「ふーん。つまり、姉さんの男?」
「ち、違う!」
美智琉がつまんないって口調でそう聞くと、美由美は顔を赤くした。まあ、他の人にそう見られがちなのはどうしようもない。
「ま、柾木くんは、わたしがあそこで働くことになってからずっと優しくしてくれた人なの。変な人じゃない」
「別にそんなこと、これっぽっちも言ってないよ? 姉さんが騙されやすい性格だとは思うけど」
「み、美智琉~~」
美智琉がからかうように言うと、美由美はすぐ涙目になった。どうやら、この姉妹はいつもこんな調子らしい。
……私とお姉ちゃんとは、いろいろと違うなぁ。
当たり前だけど、私は心の中で、そんなことを考えていた。
「じゃ、このお兄ちゃん、お姉ちゃんにとって大切な人なんだ」
「う、うん?」
その時、じっと私たちの話を聞いていた男の子の中の一人が、急にそんなことと言ってきた。その話に、美智琉を除いたほかの兄弟たちも「うんうん」と頷く。
「そ、それはたしかにそうだけど、みんなが思ってるような、そんな関係じゃ……」
「胡散臭いね。姉さん、わざわざ反論しようとするし」
「ち、違うってば~」
もう美由美の顔は、面白いほど赤くなっている。
いつも私に見せていたおどおどしている表情とは、少し違うものだった。
それはそうとして、「お兄ちゃん」か。
「お姉ちゃん」でも慣れないというのに、お兄ちゃんとか、未知の領域すぎる。
「じゃ、何か飲み物でも持ってくるので、ここで待っていてくださいね」
私が居間に居座ると、美由美はそう言いながらキッチンの方へと消えていった。そうすると、他の兄弟たちが、目を輝かせながら私の方へと近づいてくる。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、誰?」
「お姉ちゃん、あそこでも元気でやってるの?」
「あのさ、その人も一気に全部は答えられないから、せめて一人ずつにしてくんない?」
唯一、遠くからそれを眺めていた美智琉は、そんなことを兄弟たちに向けて投げかける。あの子はやっぱり、私のこと、警戒しているようだ。
「っていうか、あんた、ほんとに姉さんと同い年?」
「……ああ、そうだが」
何か棘がありそうな口調で美智琉が聞いてきたため、私はぶっきらぼうにそう答えた。っていうか、この子、なんか私のこと、ものすごく目の敵にしているような気がする。
「ふーん」
やっぱりと言うべきか、美智琉の反応は冷たかった。
「老いてる」
「余計なお世話だ」
「でも、姉さんと同い年とかいうのに、スーツ着てるし」
「喧嘩売ってるのか?」
いや、こっちだって自覚はある。
自分が「別の姿」である時は、いつもそんなふうに見えることくらいは。
……だから、これと「元の姿」とのギャップ、本当どうしたらいいんだろ。
「へー大人げない」
「お前こそ」
「え、会って間もないのに『お前』とか呼んじゃいます?」
「先に喧嘩売ってきたのはそっちだろ!」
この時、私は確信した。
やっぱりこいつと私、絶対に相性、よくない。
この美智琉って女の子、気が強いだけじゃなくて、すごく面倒くさいんだ。
……そんなやつ、世の中に私一人くらいしかいないと思ったけどな。
「ふーん、姉さんってこんなやつに惚れてたのかぁ」
「あのなぁ……」
「た、ただいま……えっ? どういうことですか?」
麦茶を持ってキッチンから出てきた美由美が、私たちを見て目を丸くする。
私と美智琉はしばらく、そのまま口一つ交わさなかった。
「それはそうとして、すっごくお世話焼きですよね、高坂さんって」
美由美も戻ってきたし、麦茶を口にしながら今までの出来事をかいつまんで説明すると、美智琉は急に、そんなことを言い出した。
「……いや、別に『組織』に入ってきた時からの知り合いなんだから普通だろ」
「へ~それってフツー?」
こいつ、すごくムカつく。
私のことが気に食わないのはわかるけど、わざわざそんな反応見せるかな、普通?
「……言いたいのはなんだ」
「姉さんに変なこと思わないでほしい、ってことです」
こっちの目をじっと睨みながら、美智琉はそんなことを口にした。
「み、美智琉!」
「妹である自分からいうのもなんだけど、うちの姉さん、やっぱり騙されやすいし。あんたがそういう口だったら困るから」
「……ものすごく信用ないな、俺って」
「み、美智琉は、その、ズバズバ言い過ぎる性格なんですから……」
美由美がここまで困った顔をしているというのに、美智琉はまったく気にしてない。むしろ、なんかズルいって顔で美由美の顔をじっと見ていた。
「姉さん、また猫かぶってる」
「え、えっ?!」
いきなり妹の方から飛んできたツッコミに、美由美は戸惑う。だが、美智琉はなんでもないような、澄ました顔をした。
「姉さん、やっぱりあそこじゃ体を引いてるんだ。いつも家では負けず嫌いだったりするくせに」
「ち、違うよ。美智琉。それはその……」
どうしたんだろう。美由美の様子が変だ。
負けず嫌いって、いつもの美由美の性格から考えると、少し思い浮かべづらいけど……。
「え~? 姉さん、知らんふりするつもりなの? いつも兄弟で集まって『端末』でゲームやる時に、いちばんムキになってるの、姉さんだよね?」
「そ、それはその、そうだけど……」
「いつも負けたら悔しがって、『もう一回!』とか言いまくるくせに、ここで大人しいふりしてもな~」
「あ、あわわ……」
どうしよう。美由美がものすごくあたふたしている。
えっと、つまり美由美には、まだ私の知らない素顔があるってことなのかな。
それは見たい。とても見たいけど……正直、想像がつかない。
美由美っていつも抑えめで、自分のこと、あんまり出さないイメージだったから。
「高坂さん、せっかくだから言っておくんですけど」
その時、美智琉がこっちを見て話しかけてきた。
「うちの姉さん、こう見えてわがままだし、あんまり大人しくないですよ」
「み、美智琉~……」
「まあ、姉さんは人見知りなんだから、自分のこと、中々出せないんだけどね」
……変だな。私のこと、あんまりよく思ってないくせに。
なぜか、今の美智琉は美由美のことを、こっちに聞かせてくれている。
「だから、騙されないように」
そんなことを口にしながら、美智琉はいたずらっぽくニヤリと笑ってみせた。
「姉さんと知り合ってそこそこ長いらしいけど、高坂さんはまた、本当の姉さんなんかわかってないんですから。オッケー?」
「……お前は何様なんだ」
「姉さんの妹ですけど、何か?」
……く、悔しい。
そんなふうに言うと、こっちは何も反論できないのに。
「あ、あの、柾木くん。美智琉の言ってること、あんまり真に受けなくても――」
「いや、あの子が美由美のこと、それなりに大切にしてるってことはよくわかったよ」
私がそう話すと、美由美ところか、美智琉まで揃ってこっちから視線をそらす。なんか、ものすごく照れているようだった。
「な、何言ってるのかな、この人は」
「あ、あはは……」
姉妹揃って照れてる様子を見てると、こっちまで視線を逸したくなる。
やっぱりこの美智琉って子、ちょっと面倒くさいけど、そこまで悪い子ではなさそうだ。
……私との相性は、相変わらず最悪だと思うけど。
「そ、それはそうと、みんな盛り上がってますね」
まるで流れを切るように、美由美が突然、そんなことを言い出す。
「何がだ?」
「あっちです。みんなでゲームやってる」
美由美が差しているところを見ると、なるほど、兄弟たちが『端末』用のゲームに夢中だった。みんな楽しんでいるからか、こっちを様子は伺おうともしない。
やっぱり子供だし、みんなああいうものかな。
「まあ、みんな暇だからね。今は端末ってやつもあるからマシだけど、以前には大変だったなぁ」
そこを見た美智琉も、そんなことを口にしながら頭を軽く振る。
「以前?」
「以前にはそもそも、ここでネットとか使えなかったんですよ。うち、貧乏なんだから」
そんなことを口にしながら、美智琉は窓の向こうへと視線を落とす。この周りがあんまり栄えてないのは、私の目から見ても明らかだった。
「せっかく『端末』みたいなものが手に入ったのに、ネットに繋がらないから使い物にならない。だから、みんなで図書館とか、ネットがタダでできるところに行って、本を借りたり、ネットやったりしてた」
「そうなのか」
「まあ、今は誰でもネットはタダで使い放題みたいなものだから、楽になりましたけどね」
その話を聞くと、美由美もそっと視線を逸らす。やっぱり、これは美由美たち兄弟にとって言いづらい話題だったようだ。
「もちろん、今もあんまり変わってないんですけどね。どんだけベーシックインカムなんてものがあるとしても、やっぱり姉さん一人で、あたしたち兄弟を背負うのは無理がありすぎるんですよ」
「み、美智琉、そこまで……」
「以前とか、あんまりにも微々たる金額だったから、姉さんが働く必要があったし。今はまだマシになってんですけど、育ち盛りな弟や妹たちには、まだまだ足りない」
「……」
「父ったらまったく役に立ってないし。っていうか、もうここに帰らないでほしい。迷惑」
「み、美智琉……」
それを聞いて、私はじっと考え込む。
どれだけベーシックインカムたる制度があったとしても、美由美の家庭事情を全部カバーするのは、確かに無理だ。つまり、限界がある。
どのみち、今、この家庭を背負っているのは美由美なんだから。
お金だけじゃ、そういう事情を全部解決することはできない。
……どうすればこの状況が少しでも良くなるんだろう、っていうのは私もよくわからないんだけど。
「あの子たち、あたしにはあんまり口にしてないんですけど、これでも我慢してるんですよ」
美智琉は再び、兄弟の方へと視線を向けた。
「ほら、見てください。あの子たちが使ってる『端末』、板(ボード)じゃないんでしょ?」
そういや、確かにそうだった。
みんながワイワイと楽しんでいるあの「端末」は、商用の板(ボード)ではなく、ただの、周りに散らかっていた紙である。
――ここで「板(ボード)」っていうのは、音楽を聞く時やゲームをやる時に、操作しやすくするように「端末」を写す板のことだ。だいたいの場合、それぞれの用度に合わせてデザインされた商用の「板(ボード)」を使っている。
でも、今の美由美の兄弟たちは、誰もそれを持ってなかった。だから、ちょっと写りは悪いが、一応無いよりはマシである紙を「板(ボード)」の代わりに使っているんだ。
その中には、紙ところか、自分の手のひらに「端末」の画面を映して、見づらそうにしながらも楽しんでいる子もいる。
「あの子たちも、きっと立派な板(ボード)が使いたいはずなんですよ。でも、うちの懐では、あんなの買ってあげるのはきっと無理」
みんなに買ってあげなきゃ意味がないですからね、と美智琉がつぶやく。
まだ、板(ボード)はそこそこの値段なんだから、手が届かないって言いたかったんだろう。
「周りの友だちとか、ゲーム用はもちろんとして、音楽用とか、勉強用にそれぞれ板(ボード)を持ってるくらいなのに。みんな『大丈夫だよ』って、嫌な顔一つしないんです」
そこまで聞くと、美由美も辛かったからか、顔が暗くなった。
あの子たちだけじゃない。美由美も、そして美智琉も、きっといろんな事を我慢してきたんだ。
「まあ、つまりはですね。あたしたち、そこそこ大変だった~って話です。以前とかひどかった。電気代も出せなくて、取り返せないギリギリの瞬間まで粘ってから急いで出しに行ったりとか」
「あ、あはは……」
美由美は困った顔で、苦笑いだけ浮かべている。
その気持ちは、こっちにもよく伝わってきた。
「はっきり言って、今のような事情、自業自得なんですよね」
「美智琉!」
ついに美由美が大声を出す。
今まではずっと困った顔止まりだったのに、今度は違った。
「育てきれないってわかってたくせに、こんなにたくさん産んじゃって。まあ、偉い人たちは子供が増えるから喜んでたんだろうけど」
「……」
美由美は、黙っている。
どう答えたらいいのか、わからなくなったようだ。
「いつかはこんな目に合うかもしれないって、なんで気づかなかったんだろ」
「そ、そんなの言っちゃダメだよ。美智琉」
「わかってる。あたしたちが産まれちゃいけなかったって話じゃないから」
ようやく美智琉が、こっちから視線を逸らす。
こんなことを口にしているけど、美智琉って決して、兄弟たちを恨んだりしているわけじゃない。
ただ、この状況について不満を述べただけ。
きっと、美智琉だって、こんなこと、口にしたくなかったはずだ。
「はいはい、あたしが言い過ぎたよ、姉さん。ただ、自分だってちょっと頭にくる時があって。お母さんと父にさ」
「み、美智琉の気持ちはわかるけど……」
「今、姉さんは余計なこと背負いすぎてるって、そう言いたかっただけなの」
美智琉のその声には、あまり元気がなくて。
やっぱり、美智琉も辛いんだろうな、と私は思った。
「ま、そういうことで。姉さんに変なことしたら許さないんですからね、高坂さん」
「……なんで俺に話を振るんだ?」
「あんたのこと、姉さん、きっと頼りにしてるから」
そう言いながら、美智琉はこっちを睨んでくる。
「変なことしちゃ、殺しますよ」
「だから……」
あーあ、面倒くさい。
まるで自分のことを眼の前にしているような、この強気はいったいなんだろう。
「姉さんも、知らない男には気をつけるように。ほいほいついて行っちゃタメだよ」
「ま、柾木くんは知らない人じゃないんだから……」
美由美はまた、私と美智琉の前で冷や汗をかいている。
きっと、このような状況になったのは、美智琉の望みじゃなかったんだろう。
……私だって、こうなりたかったわけじゃないけど。
「……本当に、個性的な家族だったな」
「組織」へと戻る途中に、私は美由美に向けてそう話しかける。
なんだかんだ言って、あそこで長くいたせいか、もう時は夕方になっていた。
「み、美智琉のことですよね」
「まあ、な」
美由美はそれだけで、全てを察したようだった。
こっちから目をそらして、ちょっと困った表情になっている。
「あ、あの子、ちょっとズバズバ言い過ぎるのが玉に瑕なんです。実はとても、とてもいい子なんですよ」
「わかってる、それは」
「よ、よかった……」
私がそう答えると、美由美はホッとしたような顔をする。
別に美由美が辛がることはないのに。やっぱり優しすぎる性格だ。
「それはそうと」
「はい?」
だから私は、美由美にそっと話しかける。
もっともっと、美由美の荷物を軽くせてやりたかったから。
「明日でもいいから、ひょっとして時間があるなら」
……でも、正直に言うと。
私が美由美の素顔を、もっと見てみたかっただけだ。
「俺とどこかに、出かけてみないか?」