私と秀樹が恋人同士になってから、早くも一ヶ月。
もう周りは、すっかり真夏になっていた。
「もう7月も半ば、か……」
久しぶりに廊下の自販機で冷たいサイダーをがぶ飲みしながら、私はそんなことをつぶやく。
もうこんなに時間が過ぎていたんだ。ちょっと信じられない。
まあ、秀樹に「別の姿」がバレて、付き合うことになって、秀樹も無事に「元の姿」に戻れて。あまりにもダイナミックな日々だったのだから、そう思えてしまうのも仕方ないけど。
最近はものすごく暑くなってきて、もうクーラーのない生活は想像ができない。
はっきりいって、暑さに弱い私はあんまり外に出たくないけど……。まあ、ここで働いている間は、外に出ること自体がそもそもないわけだし、助かっているのかもしれない。
「おいおい、柾木」
そんなことと思っていたら、端末でなんか動画を見ていた慎治が、こちらに話しかけてきた。
なんか最近、こんな場面を経験していたような気が……。まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
「聞いてんのか。もう」
「ああ、聞いてる」
「最近お前、俺に冷たくなったんだよな。反応がいい加減っていうか」
「……お前、いつから俺のこと、そこまで気にしてたんだ?」
これは冗談でもなんでもない。そもそもこいつ、今まで私の態度にグレたりしたこと、指で数えられるほどしかなかった。
むしろいつもこっちをからかったり、いじってくることが多かった気がするけど……。まさか、アレのせいなんだろうか。
「い、いや、決してそういう理由じゃないぞ。お前の『元の姿』とか、そんなどうでもいいこと――」
「ああ、そっちのせいだな」
「違うって言ったんだろ?!」
どうも図星だったらしく、慎治はとうとう逆ギレしてきた。
……いや、こっちにそうされても困るんだけど。私のせいじゃないし。
「べ、別にそんな理由じゃないからな。最近お前の仕草とか、まじまじ眺めることになったとか、そういうのも違うぞ」
「お前、俺をそういう目で見てたのか」
「違う! 俺は女の子が好きなんだ!!」
「……慎治。お前、自分が何言ってるのかわかってるのか?」
ここまで来ると、こっちもそろそろ呆れてきた。
まあ、動揺するのはわからなくもないけど、もうそろそろ落ちついてほしい。時には結構いいことも言ってくれるやつなんだから。
「ああもう、そういうのはどうでもいい! 俺が言いたかったのはそっちじゃないんだ!!」
どうしよう、ついに慎治が開き直った。
こうなったこいつ、結構面倒くさいんだよな……。
「それよりお前、その、最近モテすぎじゃないのか?!」
それに、やっと本題に入ったと思ったら、今度はこんな突飛なことである。
「た、橘さん……はともかくとして、綾観さんにもモテるわ、高梨さんにもモテるわ、なんだこりゃ」
「……つまり、焼きもちか」
「違うっ!!」
こっちとしてはもう呆れてるが、まあ、慎治のことだし、しょうがない。
「うう……なんでこんなことになってるんだよ……お前、以前は高梨さんの相談に乗ってたんじゃないか」
「……そうだな」
そういや、最近はずっと忘れていた。
あの時――秀樹が「別の姿」でやってきて、ずっとその世話をしていた頃に。
私は、自分の事務室の前で待っていた美由美と話したんだった。
『どうしたんだ、顔が暗いが』
あの時の美由美の顔がどうしても気になった私は、結局そう話しかけた。
事務室まで入ってきてもずっと顔が暗いままだった美由美は、やがてそっと口を開く。
『え、えっと、そこまで大したことじゃないですけど……』
話を聞くと、美由美は最近忙しかったせいか、あんまり家に戻ってないらしい。
まあ、あの時には「反軍」も攻める頻度が多かったから、美由美が戻れなかったのもおかしい話じゃない。私だって、5月はあんまり学園に行けなかった。
ただし、私と美由美とは、その「戻れなかった」の重さが違う。
美由美には今の時代からするとかなりたくさんの兄弟がいて、とある事情もあり、その面倒のほとんどを見ていたらしい。今はすぐ下の妹がなんとかしてくれてるようだけど、やっぱり自分からじゃないと不安なようだった。
『妹の美智琉(みちる)はうまくやってると言ってくれてますけど、どうも心配で心配で……』
『なら大丈夫なんだろう。あんまり心配しすぎても体に良くないと思うが』
『わかってます。わたし、心配しがちですから』
そういや、私も美由美の家族事情についてはそこまで詳しくない。一応、とある事情によって話自体は聞いているが、美由美の家とかに直接訪れたことなんかはなかった。
……美由美が心配だ。
やっぱり、近いうちに美由美の家に行ってみたほうがいいのかな。
『その、なんだったらまた俺に頼ってもいい。自分でもできることがあったら力になるから』
『ありがとうございます、柾木くん』
あの時、美由美はこっちに向かった笑ってみせた。
その、心から落ちついたことがよくわかるやさしい笑顔が、未だに忘れられない。
今の美由美はどうしてるんだろう。
まだ、家族のことを心配しているのかな。