30.こんなことは危ない

「じゃじゃーん。ここが柾木の家!」
「別にすごいことじゃないし、そもそも二回目だろ、お前」
 そうして無事にデートが終わってから、私たちは自分の家にやってきた。今日は外を回ってばかりだったから、このくらいで休んでおいた方が良い、と思ったからだ。
 そういや、秀樹がここ、私の部屋にやってくるのは今度が二回目だ。しかも今度は、恋人になったばかりである。初めての経験ではないと言え、今、私は妙に照れくさい感じだった。
「あ、そだ。今度は服とか、見てみてもいい?」
「……まあ、勝手にしろ」
 私が頷くと、秀樹は部屋にあるクローゼットを開けて、「へー」とか「ほー」とか言いながら、それをじっと眺めていた。あ、あまり面白いものはないと思うけど……。元の姿でもそこまで私服とかは持ってないのだから、これがバレるのはちょっと恥ずかしい。
 それに、そこにはいつも私が喜んで着ている、黒ロリの服だっていっぱいあった。
「おーこれがあの黒ロリか。以前に話してたアレだよね?」
「ま、まあ、そうだな」
 以前、秀樹とえっちなことをやっていた時、話していたことを思い出しながら私は答える。あの時だってそうだったけれど、こういうのは、口にするだけでもくすぐたかった。
「ふむふむ、柾木は暇な時にこういう服を着てると……メモメモ」
「どこにだ」
 あの時にだって、馬鹿にされなかったことはとても嬉しかったけれど、こういう反応はこういう反応で恥ずかしい。私が遠いところから、そんなことをぼんやりと思っていた時だった。
「あ、これくらいなら、今の俺にも着られるかも?」
「……あ?」
 急におかしなことを言い出す秀樹に、私はぼうっとする。ちょ、ちょっと、べ、別にこっちは構わないけど、着るって、まさか……?!
「えっとね、柾木。これ、一度だけでいいから、着てみてもいいかな?」
「か、か、構わない、が」
 どうして私は、ここまでどもっているのだろう。
 秀樹の提案に、私はただ、そうやってぎこちなく答えるしかなかった。

「うーこれ、キツイよー」
「そ、そこまで無理しなくてもよかったんだが」
 しばらく経ってから、秀樹は私の黒ロリを着て登場した。他の人が実際に黒ロリを着ている姿を見たことがないからか、今のこの瞬間が、どこか照れくさい。
 黒くてかわいくて、現実とかけ離れたような不思議な洋服。
 元の方の私と秀樹の体格はちょっと違うから、やっぱりきついところは見受けられるけれど、それはそれで、味になっているような気もした。
「ほら、柾木、どうどう? 俺にも似合ってるのかな?」
「い、いや、いきなりそんなこと聞かれても……」
 く、口にできるわけがない。だって、恥ずかしいんだから。
「今の秀樹の姿に、ちょっと興奮してしまった」とか、自分の口では、とうてい……。

 だって、今の秀樹は、無邪気すぎた。
 黒ロリを着ているというのに、いつものように平然としてるし。
 それに、秀樹にはあの服がじゃっかん小さいからか、どうも服がタイトになっている。おかげで、体のラインが見え見えだ。
 つまり、その、胸とか、そういうところも見えそうになっている。とても、とても刺激的だ。
 な、なんで今の私は、こんなことばかり思ってしまうのだろう。
 これじゃ、まるで、私がその、変態みたいに見えるんじゃないか。いつも好きで着ている服に、こんなことを感じてしまうだなんて。
 体が、ムズムズしている。
 今の私は、いつものように色気の一つもない私服だ。「別の姿」で、白いシャツとズボンという、すごく普通の男子の部屋着である。まあ、この姿でいる時は、いつもこんな感じなんだけど……。
 やばい。ともかく、どうしよう。
 よく見ると、秀樹が着てる黒ロリのスカート、短すぎるから、その、下着が丸見え――
「まーさーきーっ」
 そんなことを思っていたら、いきなり秀樹が、私の胸に飛び込んできた。あ、あまりにもいきなりすぎるから、私はちょっと驚く。
「な、ななな、なんだ?」
「だって、柾木って先から、ずっと意味深な眼差しで俺のこと見るんだもん」
「え、そ、そうか?」
 やばい。どうやら、秀樹にもちゃんと伝わっていたらしい。
 こんな恥ずかしい感情、あまりバレたくないのに。
「でもね、いいよ。柾木が喜んでくれて、俺もこうしたがいがあった」
「……ひょっとして、じ、自分のために?」
「まあ、そんなわけでもないけどね。俺がもしこれ着たら、柾木にはぐっと来るかなーとは思った」
 ど、どうしよう。
 今、秀樹がものすごく愛しくて、困ってしまいそうだ。
 私にこんな、素敵な彼氏がいてもいいかな。
 でも、今だけは、その優しさに甘えたい。そんなことを思ってしまった。
「え、ま、柾木?!」
 気がつけば、私は、秀樹をぎゅっと抱きしめていた。あまりしゃべるのは得意じゃないから、こんなふうに、体で伝えるのがピンとくる。
「しょうがないなぁ~もう」
 いきなり抱きしめたのにもかかわらず、秀樹は私を受け入れてくれた。
 もう夏の真ん中になりそうな時期だけど、今はとてもあたたかくて、心地よい。
 さっきのデートもそうだけど、今日はきっと、忘れられない日になるんだろうな、って思えた。

「あーやはりお風呂は気持ちいいねー」
 そうやってやることを終わらせてから、私と秀樹は「女の子同士」でいっしょにお風呂に入っていた。
 自分で言っておきながら、いったいどういう意味かよくわかんなくなったけど……。要するに、私は「元の姿」、秀樹は「別の姿」でいっしょにお風呂に入った、ってことだ。
 ちなみに、何気に二人でお風呂に入ったのは今度が初めてだったりする。
 ……ついさっきには二人とも「別の姿」だったわけだけど、本当にこれでいいんだろうか。
「ちょ、ちょっと変な気持ちだね、えへへ」
「だから私がやめておいてってどれだけ……」
 そういう感じでため息をついてみるけど、まあ、嫌なわけじゃないし、仕方ない。これも全部、「いっしょにお風呂に入りたい!」なんて言いながら駄々をこねてきた秀樹が悪い。
 おかげで、私は「本当にこれでいいのか」と悩みながら、「元の姿」に戻り、秀樹といっしょにお風呂に入ることになった。
「でも不思議だな、さっき俺にエロいことしたやつ、もうここにはいないもんね」
「……まあ、そうね」
 狙ったように恥ずかしいことをいう秀樹から、私はそっと視線を逸らす。なんか仕返ししてやりたいけど、どうしたらいいのか、こっちにはよくわからなかった。
「うーん、どこ行っただろうな。あいつのぬくもり、まだ体にしっかりと残ってる気が――」
「あの、恥ずかしいからそこまでしてほしいけど」
 やはりどう足掻いても、私は秀樹に勝てない。
 でも、このまま自分がさっきにしたことを聞かされるのは、さすがに恥ずかしかった。

「うーん、それにしても」
 さっきまで一人で盛り上がっていた秀樹は、なぜか今、少し大人しくなっていた。
「やはり俺たちは異性同士が似合うよね」
「まあ、だろうね」
「うん、こういうのも悪くはないけど、柾木と同じような体になってても面白みがないっていうかなんていうか。やはり俺、異性の女の子の方が好きなのかも」
 実は私も、さっきからずっとそんなことを思っていた。
 やはり、恋愛対象としては私、異性の方が好きなんだから。
「なんていうか、ウズウズするんだよね。今の状況って。やはり柾木といちゃいちゃするには異性同士がいいって思うんだよ。今は俺、『元の姿』じゃないけどね」
 だから、秀樹の気持ちはよくわかる。
 たぶん、今この瞬間も悪くはないと思うけど、やはり私たちにとっては物足りないから。
 異性同士の方がしっくり来るっていうか。
 上手く言えないけど、それは私も感じていたことだった。
「まあ、柾木なら『別の姿』の方も好きだけどね。ほんとだよ」
「べ、別にそれはいらないって……」
 これだから、秀樹の前では油断できない。
 いつもこうやって、私のことをすぐからかってくるんだから。

「ま、それはそれとして!」
 そんなことを思っていたら、急に秀樹が大声を出してきた。
「このお風呂、ちょっと以外だな。柾木ならあひるさんの一つくらいは置いてあるのかと」
「……あんた、私のことをどう思ってるの?」
 こっちが睨むと、秀樹は目を丸くする。そこまで意外だったんだろうか。今度はこっちの方がショックだ。
「え~柾木だからやはり、あひるさんといっしょにお風呂入ってるのかと~」
「あんたの頭の中の私、ほんとどうなってんの……」
 そんなことをつぶやきながら視線を逸らそうと思ったら、すぐ目の前にある秀樹の裸身に目が行った。
 ……やはり、大きいな。
 今は「元の姿」だと言うのに、どうしても視線を逸らせそうにない。

「え~? 柾木さん、今どこ見てるのかな~~?」
 秀樹もその視線に気づいたか、ニヤニヤしながらこっちをじっと見つめていた。
「べ、別に、何も見てないから」
「へ~~? 柾木さん、さっきは俺を相手にアレやコレや~」
「う、うるさい!」
 ……図星過ぎて、子供じみた反応しか出せなかった。
 さっきの自分のことを考えると、色んな意味で頭が上がらなくなってしまう。
「でも俺、柾木の方の抑えめなおっぱいもいいと思うよ、ほんと」
「い、いや、そんな慰めはいらないから」
「でも、柾木って自分のおっぱいなら、アレくらいでちょうどいいって思ってるんだろ?」
「……ま、そだけど」
「えへへ、こんな女の子みたいな空気もいいよね。色んな柾木さんが見られるしな」
「まったくもう……」
「あ、もちろんさっきの獣な柾木さんも好きだぞ」
「は、恥ずかしい」
 恋人と過ごす時間としては、あまりにも異端であるこの状況。
 でも、まあ、私も……こういう時間、嫌いじゃなかった。