それから、ようやくやってきた土曜日。
私はついに、秀樹と「正しい」デートができるようになった。
「あ、柾木! こっちこっち~」
約束した場所まで行ってみると、秀樹はすでに私のことを待っていた。自分も時間ピッタリでついたはずなのに、秀樹ったら、どれくらい先にここで待っててくれたのだろう。
「ごめん、待たせたか?」
「ううん、俺も今来たばかり……えへへ」
その口調から見ると、どうやら秀樹はもっと先から私のことを待っていたらしい。ちょ、ちょっと照れくさいな。すごく嬉しいけど。
「これって、本当に恋人同士みたいだね。くすぐったい感じ」
「あ、ああ、そうだな」
秀樹の話に、私は思わず視線をそらす。
だって、今の私たちは、紛れもなく「恋人同士」なのだから。
――私たち、本当に通じ合ったんだ。
それがまた実感できて、私は急に、恥ずかしくなってきた。
「じゃ、時間ももったいないし、早くどこか行こうよ。柾木はどこに行きたい?」
「あ、それじゃ……」
一応、いっしょにテーマパークにも行ったことがあるというのに、こんなことを改まって聞かれるとちょっと悩んでしまう。
どこにしようか。
じゃ、せっかくデートってことだし、まずは「あそこ」から――
「あの、柾木」
「なんだ」
秀樹はよくわからないという口調で、こっちに話しかけてくる。私は忙しかったので、つい適当な返事をしてしまった。
「あのさ」
「ああ」
よくわからない、っていうか、まるで理解に苦しむことでも見ているような顔で、秀樹はそう聞く。
「あのジャンボパフェ、全部食うつもり?」
「ああ」
ここは、この街でもかなり名の知られたスイーツ店。
私は秀樹とここにやってきて、いつものように、ここの名物でもある特大パフェ、いわゆるジャンボパフェを注文していた。
それで、ようやくパフェがやってきたので、当たり前のようにそれを口にしているわけだが、秀樹の目には、どうもそれが奇怪に見えたらしい。さっきからずっと、この調子で私に話しかけていた。
「でもそれ、めっちゃデカいな。豪華と言えばたしかにそうだが……」
「そりゃそうだろ。ジャンボパフェと呼ばれるくらいだからな」
「いや、だからそれを、柾木が何のためらいもなく食ってるのが……」
つまり、秀樹は今の私が、ここまで「でかい」パフェを、なんでもないと言う顔でバリバリ食べていることに驚いているらしい。自分の態度があまりにも平然としているから、そこに戸惑っているようだ。
まあ、それはわからないわけでもない。
今の私は、誰からどう見ても「別の姿」なのだから。
自分みたいな、若干固い顔をした「男」が、堂々と豪華な特大パフェをもぐもぐと口にしていると、そう思われるのもおかしくはないだろう。
「柾木って、本当に甘い物、好きなんだね」
「ああ」
「……答えるの、適当になってない?」
「ああ」
「む~」
ひょっとしたら、今の私は、他の客たちの視線の的になっているのかもしれない。「別の姿」である私が、ここまでガッツリと特大パフェをいただいているわけだから。
だが、私も初めてから、こんな姿でスイーツを食べることに慣れていたわけではない。
今ではずいぶん昔のことになってしまったが、初めの時は、私も大変だった。やっぱりこんな姿、特にスーツを着ている時にスイーツを食べようとすると、どうしても周りの目が気になってしまう。
だが、やっぱり私はスイーツ好きだったのだから、それで諦めてしまうのは悔しかった。
ぶっちゃけ、慣れてしまうとこんなの、いくらでも我慢できる。そもそも、男がスイーツをいただくことなんて、まったくおかしなことじゃない。人間だから、みんなスイーツが好きで良いはずだ。うんうん。
実は今も、ある意味ではスーツ姿と言ってもおかしくないわけだが(ワイシャツだけだけど)、まあ、もうそんなこと、どうでもいい。
今はただ、大好きなスイーツを楽しもう。
ここのジャンボパフェは、甘くてかわいくて、とても素敵だ。
「秀樹だって、この機会に慣れておくのもいいと思うが」
「え、そういう話?」
ところで、秀樹も私と同じジャンボパフェを注文したわけだが、まだあまり食べてない。聞いてみると、秀樹はあまり甘党ではないらしく、以前、私が作ったパンケーキも「柾木が作ったものだから」おいしく食べられたそうだ。
「むむ、柾木の好きなパフェなのだから、一度はちゃんと食べておきたいけどなー」
「別に無理する必要まではないと思うが……はむはむ」
「ま、ますます食べづらいっ」
とか言いながら、秀樹もパフェを少しづつ口にしている。これは素直にありがたかった。私と同じものを食べてみたかったって言うのは、かなり嬉しい。
「甘いな、これ、ものすごく甘いな……」
「そうだろう、そこがいいんだ」
「え、そうなのかなー」
やっぱり自分は、甘い物の前では、どうしても顔が緩んでしまう。
そういや、ここはパフェも美味しいけど、ショコラケーキもかなり上手い。あれはあれで、とろける味がかなり素敵だ。最近、あまり食べてないけれど、いつかまた一人で食べてみようかな。
「今日の柾木、食べることしか考えてない……いつもと違う……」
私が構ってくれないからか、秀樹は一人でいじけながら、パフェを口にしている。ちょっと申し訳ないけど、それもそれでかわいい、と思ってしまった。
「ほうほう、今度は映画館か」
「まあ、こっちとしてはだいぶ久しぶりだな……」
そうやってスイーツ店を出た私たちは、この街に一つしかない映画館にやってきた。
私はいつもお仕事に忙しかったため、こういうところにあまり来ることがない。それに、最近はみんな、映画などの長い映像は自分の家などで友だちといっしょに見たりするから、こんなところに来る人はよほどの映画好きとか、恋人同士とか、だいたいそんな感じだ。
まあ、今は端末もあるわけだし、誰でも大型スクリーンが気軽に楽しめるのだから、わざわざメッセージ確認も、ネットも自由にできないこんなところに来るまでもない。もう一時間とか、二時間もかかる映像を「見ることしかできない」のは、現代人にとって無理だと思う。人によっては、普通に罰ゲームのようなものだろう。
だから、今になって「わざわざ映画館まで来ること」は、変わった趣味の一つになっているわけだ。
「で、なんで秀樹は何のためらいもなくホラー映画を選ぶんだ?」
「ん? だって、デートじゃん」
私がそう聞いてみると、秀樹は当たり前だという顔でそんなことを口にする。それって、本当にそういうことなのだろうか? まあ、恋人同士と言ったら、ホラー映画というイメージはあるんだけど……。
っていうか、以前、雫もそんなことを言ってたっけ。
――ところで、雫。なんでわざわざホラー映画を選んだのか?
――うん? 当たり前じゃない、恋人同士だからでしょ?
――いや、こっちが聞きたいのはそんなことじゃなくて……。
――む~。柾木はわかってないな。吊り橋効果って、あるんじゃない。それだよそれ。
――ちょっと、ここで吊り橋効果はなんで出てくるんだ?
――だから、それが重要なんだよ。
私がそう聞いた時、雫は一瞬の迷いもなく、こんなことを言っていた。
――もっと好きになれるなら、使えるものはぜ~んぶ使わなきゃ損じゃない。ね?
「おードキドキするな~~」
私がそんなことを思い出していた時に、ようやく映画が始まった。
まあ、ホラー映画だけに、いかにもそれっぽい場面がよく出てきたわけだけど……。そんな雰囲気になるたびに、秀樹は大げさなりアクションで、こっちにぴったりとくっついてきた。
「う、うわ、これひどい! うわわわわっ!!」
「あの、ちょっと静かにしてくれないか」
「柾木はなんでそこまで平然としてるのさー!!」
「いや、別にこっちはなんとも……」
私があまり怖がってないからか、秀樹はもっと強く、こっちの腕を掴んできた。まあ、私は別にいいんだけど……。ああいうホラー映画にはあまり怖がらない性格だからか、最後まで悲鳴を出すこともなかった。
秀樹は、ものすごくたくさん叫んでいたけれど。
どうやら、自分が考えていたことより、秀樹は怖がりやだったらしい。
「うわぁ……死ぬかと思った……」
「別に、作り物だからいいんだろ?」
「なんで柾木はそこまでホラーに強いの……くやしいっ」
そうやって映画が終わってから、私たちは記念品で紙のチケットをもらい、映画館を後にする。最近はすっかり端末で支払うのが当たり前になっているから、もうチケットはレトロなイメージがあるんだけど、せっかくのデートだし、今度はもらっておくことにした。
「まさか、柾木がホラー平気だったなんて……俺、ちょっと期待したんだよ?」
「何をだ」
今さら言うのもなんだけど、秀樹のことは時々、よくわからない。まあ、別にそれはそれでいいんだけど。
私たちがそんなことを話していた時だった。
「おっ、ネコ!!」
秀樹が指差すところを見ると、本当に街角のすみっこで、猫がじっとしていた。か、かわいいなぁ。基本的に動物と来たらなんでも好きだから、あの猫から目が離せない。
ちょっとだけ、近づくくらいならいいかな?
そんなことを思いながら、私は猫に向かってゆっくりと歩いていった。よかったことに、猫も人に懐いているのか、こっちにすごく甘えてくる。
「だ、大丈夫……なのかな?」
自分も知らぬ間に、私はあの猫をゆっくりと撫でていた。ものすごくやわらかいし、心地よい。猫も気持ちよさそうな顔で、目を潜めている……あれ?
「ニヤニヤ」
「な、何を見てるんだ?!」
いつの間にか、秀樹が近くまでやってきて、そんなことを口にしながら、こっちをじっと眺めていた。このかわいい猫ではなく、野郎である私のことを。
「いや、今の柾木、かわいくてつい」
「い、今は俺なんかより、お前の方がかわいいだろ……」
「そうなの? でもさ、俺も猫は好きなんだよ。以前、飼ったこともあったし。猫って素直じゃないけど、そこがまた愛しいんだよね」
「……まさか、俺が猫のようだ……と?」
「うん、だから柾木も猫のように……ちょっと、どこ行く?!」
そこまで聞いて、急に恥ずかしくなった私は、早足でそこを去った。秀樹は必死でこっちを呼びかけているけれど、今は聞こえないふりをする。
だって、ものすごく恥ずかしかったから。
ね、猫って、私が、その……。
ともかく、あの騒ぎが落ちついてから、私と秀樹は、近くの商店街を見て回ることにした。せっかくここまで来たわけだし、もっとこの瞬間を楽しみたかったからだ。
「おお、この服、柾木に似合いそう!」
「そ、そうか? でも、さすがに今の俺の姿じゃ……」
「え、ダメ?」
「そ、そんな服、こんな姿で着られるわけないだろ」
秀樹が指している服を見ながら、私はそんなことを口にする。だって、あの服、かわいいとは思うけど、誰からどう見ても女の子向けだ。
「うーん、でも、かわいいと思うけどなー」
「そ、そういう秀樹こそ、何か選んでみたらどうだ?」
「え、俺?」
そこまで聞いた秀樹は、目を丸くする。その様子から見ると、今までその可能性はこれっぽっちも考えていなかったらしい。
「え、えへへ、今はちょっと恥ずかしいかな」
「まったく」
なんで私のことになると平気になるのやら。
ちょっと悔しかったけど、今は気にしないことにする。
「と、ところで、今の柾木、背がかなりあるねぇ」
「あ、そうか」
今の私たちは、体づきも逆だ。元ならば秀樹の方が遥かに背が高いはずだけど、今はそうじゃない。
「だからかな、なんかぎっしりしてて、かっこいいなーと思った」
「そ、そうか。秀樹は本当によく褒めるな」
「うん。だって、そっちの方が楽しいでしょ?」
「ま、そうだとは思うけど……」
秀樹がいつも褒めてくれるのは、本当に嬉しいし、ありがたい。ただし、こっちが照れてしまうのが問題であるだけだ。
あそこまでストレートな褒め方をされると、こっちもちょっと照れてしまう。
私は、秀樹のように素直じゃないから。
ともかく、こんなふうにいっしょに商店街を回ったけど、私たちだからか、そこまでロマンチックにはならなかった。
まあ、初めてからわかってはいたけれど、それがちょっと悔しい。
「柾木っ」
「あ、あの?」
秀樹もそんなことを思ったか、いきなりこっちに抱きついてきた。そ、それは嬉しいんだけど、ここ、人もいっぱいいるし……。
「だって、こうでもしなきゃ、デートっぽく見えないじゃん」
「ま、た、たしかに、そうかもしれないが……」
私は仕方なく、今だけは秀樹のわがままを受け入れることにする。
だって、恥ずかしかったり、くすぐったいところはあるんだけど……。
――私だって、今のこの瞬間が、全然悪くはなかったから。