秀樹に告白しよう、と決めたことはいいものの。
いったいどうしたらいいんだろうか、と私は悩む。
だって、告白とか、したこと、あるわけない。それに自分って、こういう「素直にならなきゃならない」ことに、めっぽう弱いんだ。
でも、こう決めた以上、やるしかない。
こんな照れくさいこと、みんな、どうやってやり遂げたのだろう――
「変だよね。柾木といっしょにいると、なんだか落ちつく」
その日の夜。秀樹と私は、自分の執務室でいっしょに時間を過ごしていた。
これももう、あまり珍しくはなっていない気がする。秀樹は「柾木といっしょにいてからだと、ぐっすり眠れる」とか言って、最近、よく夜になるとここにやってくるのだ。私も、そこまで忙しくない時には、こんなふうに執務室でおしゃべりしたり、からかわれたりしている。
……なぜか、私ばかり損してるような気もするけど、まあ、それはいい。
重要なのは、やはり告白をするとしたら、今のように、誰かに邪魔されない時がいいんだろうな、ってことだった。
今ならば、まだ勇気が出せる。秀樹に、自分の気持ちを明かせる。もし、私たちにこんな瞬間がなかったら、わざわざ告白のために機会を作ったり、約束をしたりしなきゃいけない。とても、とても不自然なことだ。
それに比べると、こんなふうに「二人きりでいられる」時間の、どれくらい素敵なことか。
それはわかっているが、それでも、私は迷ってしまう。怖い。怖くて、指が震える。言い出せない。
でも、やっぱり、自分の気持ち、伝えなきゃ――
「あの、秀樹」
「ん?」
いちおう、そう呼びかけたことはいいものの、やはり、その次が踏み出せない。秀樹は「何?」という顔で、こっちをことをじっと見ていた。
ど、どうしよう。
いったい何を言えば、全てがうまく行くのだろう。
「あ、その、その」
「ん? どうしたんだ?」
「え、えっと、その……」
だ、ダメだ。今のような姿で、こんなことやっていても気持ち悪いだけだろうに。
私、どうしたらいいんだろう。
どうしたら、私……。
「あの、柾木が言いたいことなら、俺、ゆっくり聞くからさ――」
秀樹がそう言いかけた時、私はようやく、覚悟を決めた。そのまま、何も言わずに秀樹に近づいてゆく。
「え、えっと、柾木?」
そして、そのまま、顔を近づけて――
「……っ」
口づけて、しまった。
あ、あれ? どうしてこうなっちゃったんだろう?
私はただ、秀樹に告白しようと思っただけなのに、口づけって?
あ、あまりにも慌てていたせいなんだろうか?
つ、つまり、今の私、告白もする前に、キスしちゃった?!
「こ、こ、これは……」
ダメだ。自分が冷静になってないことが、誰からどう見てもバレバレである。
それに、今、冷静になってないのは秀樹も同じだ。秀樹は目を丸くしたまま、ぼうっとした顔で私をじっと見つめている。
そりゃ当然だ。いきなり、「自分のことを好きになるとは夢でも思わなかった」私からキスされたわけだから、驚かないわけがない。告白だけでも十分びっくりしていたはずなのに、告白も何もなく、いきなりキスから始めたからなおさらだ。
でも、今、ここで一番動揺しているのは、他の誰でもない私なんだろう。
どうしよう。これは全部、私のせいだ。自分が慌てていたから、こんなことをやってしまったんだ。
私、秀樹から嫌われるとどうしよう。
せっかく告白した……っていうかキスまでやっちゃったのに、すぐ嫌われるだなんて、嫌だ。
ほ、本当に、私、どうすれば……。
「え、えっと」
しばらくぼうっとしていた秀樹は、やがて、正気に戻ったという顔をした。
「え、つ、つまり、これは……」
「ご、ごめん。これは全部――」
「これって、柾木が俺のことを……好きだ、ということ?」
秀樹は、迷いながら、戸惑いながら、そんなことを聞いてくる。それを聞いた私は、自分も知らぬ間に、すぐ頷いていた。
「あ、ああ、その……早まってしまって、ごめん」
「え、ええ、いや、俺は別にそれは、いいんだけどさ……」
「そ、その、受け入れて……くれるか?」
私が勇気を絞り出してそう聞いてみたら、秀樹はしばらく、夢でも見ているような、そんなぼんやりとした表情をした。
その、今の状況がありえないという秀樹の顔は、やがて、ものすごく驚いた、喜びの表情に変わる。
「も、もちろんだよ! 俺、夢でも見てるのかな。こんな瞬間が来るだなんて、思いもしなかったよ」
「ほ、本当か?」
「当たり前だろ! 今までちょっと、実感が沸かなかった。柾木が俺のこと、好きだなんて……う、嘘じゃないよね?!」
「も、もちろん、こっちもその……つもりだが……」
秀樹は、今の瞬間が信じられないって顔で、私の手を何度もブンブンと振る。さっきまで驚いていた顔も、今は喜びに溢れていた。ようやく、これが現実だと、夢じゃないんだと認めたらしい。
「ほ、ホントにほんと?」
「あ、ああ。俺、秀樹のこと、好きだ」
「マジで? 俺、信じてもいい?!」
「い、いや、そのために、自分は告白しようとしてた……わけだが……」
ここまで秀樹が喜んでくれるだなんて、考えもしてなかった。ものすごく恥ずかしくなって、私は俯いてしまう。だって、さっきの自分の行動、思い出すだけで恥ずかしい。
「な、なんで、告白……キスしてきた方が照れてるのさ」
「し、仕方がないだろ。自分だって、こうなるとは思わなかったから……な」
「そ、そりゃ、ちょっと過激だったし、俺もびっくりしたけど……えへへ」
私たちは、揃って相手から目をそらしてしまう。ようやく、あの時のことが恥ずかしく思えてきたらしい。わ、私は今すぐにでも、逃げられるならば逃げたいだけど。
でも、あんなことをやらかしたのに、秀樹がOKしてくれて、よかった。
……本当に、心からよかった、と私は思った。
「その、柾木」
「……どうした?」
そんなことに想いを寄せていたら、急に秀樹から、そう話しかけられる。
「キス、もう一度しよっか」
「また、か?」
「うん、俺、まだ信じられなくて」
そんなことを正面から聞くと、こっちまで照れくさくなってしまう。
あ、あんなことを二度もやるだなんて、秀樹の気持ちはわかるけれど、その……。
「大丈夫、なのか?」
「うん?」
「その、あの時にはつい早まっちゃったんだが、俺、今の姿は――」
そう、今まではあまりにも慌てていて忘れていたけれど、今の私は、その、「別の姿」だ。
秀樹って、きっと女の子の方が好きなんだろう、と思う。なのに、今は「別の姿」同士だとはいえ、こんな姿でキスとか、いいのか、と思っちゃった。
その、やっぱり女の子が好きな男ならば、こんなの、気持ち悪いんだろうし……。
「え? そうなの?」
だが、秀樹は思いの外、平然とした顔だった。
「別に、俺はいいよ。別でもなんでも、柾木は柾木だよ。っていうか、どっちでも嬉しい」
「……アホか」
「だってホントなんだもん。まったく戸惑いがないのか、と言われたらちょっと困るけど……今の俺は、「今」の姿の柾木とキスしたいって、そう思ってる。ダメかな?」
「いや、ダメなわけ……」
そんなわけ、ない。
むしろ、そんなこと言われると、こっちが、すごく嬉しい。
「まあ、柾木がそんなの聞くのも、おかしくないよ。姿が変わっても、相変わらず好きでいるとか、信じられなくたって変じゃないと思う」
「……」
「でも、今の俺は、どっちの柾木にせよ、愛されて嬉しいし、体で繋がりたいんだ。せっかく思いも通じ合ったしね。これって、相思相愛なのかな? 今でも俺、信じられないよ」
「……だったら、こっちも嬉しい」
秀樹がここまで言うのなら、私が心配することもないだろう。
そこまで聞いて、ようやく私は安心できそうな気がした。
「じゃ――」
私はそうやって、秀樹ともう一度、口づけをする。
初めてしっかり味わった秀樹とのキスは、なんと言えばいいのかな、ちょっとくすぐたい感じだった。
ようやく、通じ合えたんだ。
今はただ、それだけが嬉しい。