こうしてみんなが雪音の店にやってきてから、少し長い時間が経った。さすがにヒマリも刹那も体力が極端に減っているため、近くのソファーでちょっとした眠りについていたのだ。
沙絵はまだまだ元気らしく、雪音を「えっと、これはなんでしょうか?」「あら! こんなものがあったなんて……」と質問攻めにしていた。いったいどこからそんなパワーが溢れてくるのだろう、とヒマリはうとうとしながら考える。こっちは今、眠くて仕方がないというのに。
ちなみに、ヒマリの寝ている間、冴えない男はまたからっぽになり、今はおとなしくヒマリの横に置かれていた。いちおう成人男性がヒマリのとなりにいるわけだが、今の状況があまりにも現実離れしていて、意識する余裕はまったくない。こいつに意識があれば、話は別かもしれないが。
どれくらい時間が経ったのだろう。もうすぐ夜が明けてもおかしくない時間に、ヒマリは目を覚ます。
沙絵も、刹那も、みんなまだ寝たままだった。雪音はパソコンの前に座って、何かに熱心だった。雪音はわりと早寝する方だが、こんな時間に起きていたとしたらやっていることは一つだ。たぶん、今度もオークションなんかで自分の好みの時計が出品されて、それをジロジロ眺めていたのだろう。雪音はほんと、どうしようもない時計好きなのだ。
ちなみに、冴えない男もそのままである。意識があるとか、そんなのはまったくない。あの男の視線には、たぶん雪音が正面に入ってくるのだろう。今、ヒマリはソファで横になってるけど、この男は座っているのだから。
ぼんやりと、ヒマリがそんなことを思っていた時だった。
「……うん?」
急に、体がふわっと浮かんだような気がした。気がつけば、ヒマリはいつの間にか「座って」いた。冗談じゃない。まるでさっきと同じだ。
そして、ヒマリは、いや、冴えない男は、目の前で画面をじっと見ていた雪音と目が合う。
ほんとに急な出来事だった。雪音は不思議だという顔をしてから、ちょっと考え込んで、「ヒマリちゃん?」と話しかけてきた。どうやってすぐわかったんだ。ヒマリは急に雪音のことが怖くなる。まあ、横のヒマリが消えてたし、ちょっと考えればすぐ出る答えだが。
で、今の自分だ。こういのも何だが、ちょっと情けない。なんか、奥手の男性でもなったような照れくさい感じだ。いや、奥手はともかくとして、男性の方はあってるけど。
「でも不思議ね。ヒマリちゃんがそんな顔をするなんて。面白いわ」
「あんたも、他人事だと思って……」
雪音が興味津々な顔をすると、ヒマリは、なんか機嫌が悪くなって、そうぶつぶつする。
っていうか、自分はなんで、ここまで落ちついているのだろう。もう3回目だ。あの時から、ヒマリは間をおいて、この男の中に入ってる。次に入るのはいつだろう。っていうか、これってどうなっているのだろうか。
と思っていたら、雪音はふとこんなことを話す。
「ほんとに面白いわ。さっきにはね、沙絵ちゃんがその方の中にいたの。「あ、また入ってる! すごい!!」と感動してて、かわいかったなー」
「……ちょっと、それ、マジ?」
「ええ、大マジよ」
それを聞いて、ヒマリは目が覚めるような衝撃を感じる。この男の中に何度も入ったのはヒマリだけじゃない。沙絵もそうなるのなら、刹那だって、いつなってもおかしくなかった。一度きりの出来事じゃない。つまり、これは紛れもなく、「長期戦」を意味することだった。ついでに、この男に入れる順番や合間はランダムである可能性も高い。
なんで、今までこんなに重要なことに気づかなかったのだろう。自分でもよくわからない。たぶん気が動転していたから、だと思うけど。
「あ、あたまが……」
ともかく、ヒマリはそろそろ、この出来事を整理すべきた、と思い始める。すでにやるべきことだったのに、今までぼうっとしてきた。まあ、自分にこんなの起きるって、誰も思わないんだろうが。
そんな時にだって、時間は容赦なく流れてゆく。時は過ぎ、もう夜明けだと言ってもおかしくない時間になった。いちおう元に戻ったものの、ヒマリも、このままじゃいけない、と思い立った。
「みんな、ちょっと起きて」
と言うまでもなく、沙絵と刹那が目を覚ます。なんかよそよそしい雰囲気になったことをわざと無視して、ヒマリは今までの出来事を二人に説明した。二人が目を見開いてそれを全部聞くと、ヒマリは自分なりの考察を語る。
「つまり、こういうことね。あたしたちはなぜか知らないけど、この男にとらわれている。もちろん、理由は不明。いつまで続くかなんてわからない」
考察というか、これは「今、自分がわかるすべて」だった。あまりにもぶっ飛んだ出来事には、こんなことしか言えないわけである。
「で?」
「だから、これは仕方がないとまず言っておきたいんだけど、しばらく一緒に行動したほうがいい、と思う。どうせ離れないんだしね。問題は、二人がどこに暮らせばいいのかってことだけど……ま、なんとかなるでしょ。あたしも知らんけど」
「冗談でしょ?」
「いや、全然。あたしも嘘だったらいいのになーと思ってたとこ」
刹那のトゲトゲしい話し方にもなんとか慣れてきたからか、ヒマリはさっぱりした口調でそう答えた。もう、どう言ったらいいのかわからないが、なんか吹っ切れた感じだった。もうなんでも来い、みたいな気分だと言ったほうがいいかもしれない。今、ヒマリはある意味で無敵だった。
だが、刹那の反応はすごく冷たかった。ヒマリのように、まったく吹っ切れていない。むしろ、自分はどうも納得できない、という顔をしている。そんな顔をしながら、刹那はヒマリをじっと睨んでいた。
「あんたたちと運命を共にするだなんて、馬鹿言うんじゃないわ」
ここまで来ると、ヒマリは頭を抱えたくなる。それはこっちのセリフだったからだ。自分だって、こんな出来事に巻き込まれたかったわけじゃない。悔しいのは、ヒマリの方も同じだった。
だからヒマリは、二人、つまり沙絵と刹那に向けて指差しする。なんか沙絵は巻き添えにされたような気もするが、今は一応置いておこう。
「よく聞いて。あんたとあたしは、どれくらい嫌でも、今から『仕方なく』運命共同体なのよ。どれだけ拒否したってもう無駄なんだから。わかった?」
事実、こんなことをいちばん認めたくないのはヒマリの方だった。だが、今はぶっちゃけ、どうしようもない。こうなった以上、みんないっしょだ。死ぬまで道連れになってもらおう(さすがに大げさだけど)。
「だから、なに勝手なこと――」
「勝手も何も、じゃ、これからどうなると思う? あんたもわかってるんでしょ? あたしの話が、おかしくなんかないということ」
二人が対立していた、その時だった。