「おっ、今日も柾木が案内してくれるのか」
次の日。
珍しくも私は、「元の姿」で「組織」にやってきた秀樹と出会う。
いや、「別の姿」になるためここにやってきたこともあるわけだから、この姿で「組織」にやってきたのは今日が初めてじゃないけど……。あえていうと、「男同士」な形で「組織」で出会うことになったのが初めて、だと言うのが正しい。
「いつもながら、この姿でここにやってくると何もかもが新しいな。世界が小さくなったっていうか、なんていうか」
「まあ、そうだろうな」
今の秀樹は、「別の姿」に比べると体格も大きいし、そう感じるのが当たり前だ。私は「元の姿」の方でここにやってきたのが一度もないから、その気持ちは味わってないけど。
「あ、そだそだ! 柾木、今度こそメカをまた見せてくれ。『元の姿』でずっと見てみたかったんだ」
「……またメカか」
男ってほんと、そういうのが好きなんだな。
よく考えてみると、慎治とかもメカを着るたびに、「すげえ! すげえ!!」なんてことを叫んでいた気がする。
……もちろん、私はそれを軽蔑の眼差しで見ながら、静かに「メカ」を装着していたわけだが。
「それはそれとして、こう歩いてるとすごく新鮮な気分だな。私服で会社を歩いている気分っていうか、なんていうか」
「それはそうだろうな」
こうやって廊下を並んで歩くと、まるで男友達といっしょに歩いているみたい。
いや、今、この状況では決して間違ってないけど、私たちが恋人同士だというのを考えると、ちょっと複雑な気持ちだ。
「おーあれがメカなんだな! やはりかっこいいなー」
……秀樹の方は、ちっともそう意識してないようだけど。
こんな気持ちを抱いているの、私だけなのかな。
「こういうのを見て平然でいられるなんて、柾木はよくわかんないな~」
「まあ、俺は本当の男じゃないから」
「でも、ここまで立派なやつを着て戦闘するとか、映画みたいじゃん。男のロマンだ」
「それはそうかもな」
「反応が冷たいぞ、柾木」
それはまあ、仕方がない。私にとってメカは、ただ「化け物」との戦闘の時の相棒、くらいの印象なんだから。
もちろん大切であるのは変わらないけど、それ以上の思い入れはたぶん、持ってないと思う。
……慎治とか、名前までつけるくらい熱心だったんだけどな。あれはちょっと引いた。
そもそも、秀樹がこう言ってくる前にも、慎治を含めた仲間たちには「お前はメカに冷静すぎるんだろ」なんて突っ込まれたわけだが。「それでも男か!」みたいな感じで。
当然その時の私は、ムカつきながら必死で……こ、これはもういいか。恥ずかしいし。
「おっ、柾木じゃないか。どういう用事だ?」
そんなことを思っていたら、他でもない慎治の声が後ろから聞こえてきた。
……いったいこれはどういうタイミングなんだろう。秀樹の方はともかくとして、慎治には分が悪すぎる。
「なんだ、柾木、あいつは……げっ?!」
やはりと言うべきか、こっちにノコノコと近づいてきた慎治は、何か気づいたような顔ですぐ逃げていった。つまり、私のとなりにいるやつが誰なのか、気づいてしまったんだろう。
「あ? さっき、誰かいたのか?」
「ああ、慎治な」
私がそれだけ答えると、秀樹はどうしようもなく、年相応のガキっぽい顔になった。
「いや~。これであいつもわかってくれたんだろうな。爽快だ」
「そうだろうな。かなり可哀想だが」
せめて、秀樹の背中を見たことくらいで済んだのを感謝すべきなんだろうか。
私は心から、慎治にそっと手を合わせておいた。
その日の午後。
『柾木ー今時間大丈夫か?』
仕事も片付きつつあった時、秀樹から「端末」でメッセージが送られてきた。
『どうした?』
『いや、ちょっと学園まで来てほしくて。忙しいならいいけどさ』
『まあ、今はその、大丈夫、だと思うが』
そんなやり取りの後、私は久しぶりに、「別の姿」で学園に行くことになった。
あまり通ってない学園だけど、まさか「別の姿」の方で行くことになるとは考えてなかったから、ちょっとドキドキする。
今って、たしか夏休み期間なんだよね。
そんな時にこっちを呼び出した理由って、もしかして……。
そうして学園についてみたら、秀樹が「元の姿」で、友だちといっしょにグラウンドで遊ぶ姿が見えてくる。
……ひょっとして、私、このためにここに呼ばれた?
よくわからないけど、とりあえず校門をくぐると、秀樹がこっちに向かって手を振ってくる。こっちに来てほしい、って話なんだろう。
やはり、そういう用件か。
半分呆れながら、私も秀樹の方へと歩いて行った。
「よく来たぞ、柾木!」
私が近づくと、秀樹はものすごく嬉しそうな顔でこっちの手を掴んで、ブンブンと振る。
「いや、俺らってここでサッカーをやってるところだったんだが、どうしても人が足りなくてさーなかなか盛り上がらないんだよね。これが」
「だから俺を呼んだ、と」
「まあ、そうなるな。あはは」
やはりそういう用事だったのか、と私はため息をつく。
そこまで急なものではなかったことは察していたが、いっしょに遊ぼう、が呼んだ理由だったとは思わなかった。
別に、嫌いじゃないけど。
そもそも、「組織」の「現場担当」の頃にもみんなといっしょに遊んだから、ああいうのは結構好きだし。
「おい、秀樹。こいつは誰なんだ?」
その時、秀樹といっしょに遊んでいた男たちがこっちに近づいてきて、胡散臭いって眼差しでこっちを見る。
まあ、それもそうなんだろうな。
今の私、あいつらの目には見知らぬ男であるわけだし。
「ああ、紹介しよう。こいつの名前は高坂柾木と言って、俺の大親友だ」
秀樹が堂々とした口調でそう紹介すると、やはりと言うべきか、クラスメイトの男らはものすごく哀れな眼差しになった。
「おいおい、秀樹。お前、そこまで高坂さんへの愛をこじらせてたのかよ」
「もうウザかれてるから、そろそろやめておけって何度も言ったのに」
「まさか挫けずに、見ぬ間、似たような名前のやつと友だちになってるとはな……」
「ち、違う! そうじゃないんだ。お前ら、新学期になったら絶対びっくりするからな。覚悟しておけ」
秀樹はものすごく悔しいって顔で、クラスメイトの男たちにそう言い張った。た、確かに間違った話ではないけど、聞いている方としてはだいぶ恥ずかしい。
「へいへい、そうですか」
みんなもあんまり秀樹の話に期待してないのか、そんなふうに軽くあしらうだけだった。
誰一人、この目の前にいる同姓同名の男があの「高坂さん」とは思っていない。
「ま、まあ、そういうのはどうでもいい。せっかく柾木も来てくれたから、いっしょにさっきの続き、やらないか?」
秀樹も照れくさくなったのか、露骨に話題を変えた。まあ、それが私をここに呼んだ目的だし、別に問題にはならないけど。
「まあ、お前の友だちなら、いっしょにやって困ることはないだろう」
「だろ? じゃ、そろそろ始めるぞ」
こうして、私はまったく疑われず、秀樹とクラスのみんなといっしょにサッカーをやることになった。
初めてからまったく心配してなかったので、別に驚いたりはしていない。
……そもそも、今の私とあの「高坂さん」が同じ人物っていう非現実なことを考えるぶっ飛んだやつなんて、いるわけないんだから。
「いやー楽しかった!」
そうしてみんなと遊び、そろそろ夕暮れ時だから解散することになった後。
秀樹はものすごくすっきりしたって顔で、ぐっと背筋を伸ばす。
「柾木ってサッカー上手だよな。そうだろうなとは思ったけど」
「……まあな」
自分も「現場担当」の時代にはほぼ毎日やってたし、そこまで下手であるわけではない。子供の頃から男とはよく混ざって遊んだりしてたし。
でも、「作戦部長」になってからはこうやって遊ぶ機会もあまりないから、今日の出来事はかなり新鮮だった。
やはり私、じっとしているよりはこうやって体を動かすことが性にあっているらしい。
……単純すぎる性格、と言われるとそこまでだけど。
「他のやつらも言ってたぞ。高坂のことは今日始めて知り合ったが、体の動きもいいし、いっしょに遊んでて楽しかったってな」
「そ、そうか」
「まあ、俺も同じ気持ちだし」
今日の秀樹は、どこか興奮しているような気がした。
激しく遊んだおかげで気持ちが高揚しているっていうか、そういうふうに見える。
まあ、その気持ちもよくわかるけど。
思いっきり体を動かした後には、いつも私も似たような気持ちになったりするから。
「それはそれとして~」
「な、なんだ?!」
いきなり秀樹の口調が変わったため、私は一瞬びっくりした。
な、なんだろう、今度は?
そう思ったら、今度は秀樹が私の肩を強く抱きしめてくる。あまりにも力強かったため、私は思わず、心の中ですごく動揺してしまった。
「俺な、今すごく嬉しいんだよ。最高だよ。ここまで最高に遊びに付き合ってくれる彼女がいて、それもめちゃくちゃかわいくて、ああもう、俺は幸せものだなぁ」
「そ、そうか」
「そうそう、今さ、俺、空にも飛んでゆきそうな気持ちだ」
「わ、わかったから、そろそろ離れろ。その、周りから見られてるから」
そもそも、今の私は「めちゃくちゃ」かわいくはない。「別の姿」だし、ただの野郎だ。
……いや、元の方もそこまでかわいくはないと思うけど。
それでも、秀樹がそう言ってくれるのは嬉しかったから、私はありのまま、それを受け入れる。
他の人からは少し白い目で見られるかもしれないけど、まあ、今ならいいか。
秀樹とのそういう付き合いも、時にはそこまで悪くなさそうな気がするし。
それから私たちは、一言も交わさずに帰路についた。
秀樹はさっきのことが照れくさくなったのか、私と少し距離を置いている。やはり、冷静になるとさっきのことはちょっと恥ずかしかったようだ。
だって、今の私たち、紛れもない「同性」なんだから。
実際のことはともかくとして、今、肉体的にそういう関係であることは変わらない。
むしろさっきのほうが、今までの私たちを考えると異常なのかもしれない。
「やっぱり俺たち、同性は似合わないな」
「……そうだな」
秀樹の話に、私は静かに頷く。やはり。秀樹も同じことを考えていたようだった。
さっきと違って、今の私たちはちょっとした距離がある。
やはりそれは、お互いを「異性」として思っていたいからなんだろう。
「別にこういう柾木との関係も嫌じゃないけどさ。以前、えっちなことしてからいっしょにお風呂に入った時だってそうだったし」
「あ、ああ」
こんな時に、秀樹の「別の姿」のことを言い出されるとこっちが照れてしまう。あの時、私たちはたしかに、「女の子同士」でお風呂に入った。
あの時も、秀樹はそう言ってたっけ。
『でもな~やはり柾木とは、異性同士でいたいんだな』
今と、だいたい状況は同じだ。
距離感は少し違うけど、どうしてもよそよそしくなるのは、あの時と変わらない。
「まあ、どんな組み合わせだとしても柾木と俺は最高だと思うけど、俺、柾木のことは異性として思ってるからさ。やはり自分、どうしても女の子と付き合いたいし」
「こっちもだ」
別に、同性のカップルがいて困ることなんか一つもない。私はああいう愛の形も、素晴らしいものだと思ってる。
だけど、やはり自分は、恋する相手としては男の方が好きだった。
女の子として、男の人と付き合いたい。
……秀樹といっしょにいるなら、せめて異性の方がよかった。
「まあまあ、今はこんな形だけど、家に戻るといっしょに楽しもうな」
「何をだ」
そう突っ込んだものの、秀樹の話は素直に嬉しい。
また秀樹といっしょにいられるなら、どれくらい幸せなものか。
誰の目も気にせず、秀樹といっしょに甘いことがやれるなら、こっちだって嬉しい。
でも、今はぐっと我慢する。
たしかに誤解されるかもしれないし、やはり、秀樹とは異性同士でいたいんだから。