66.わたしは普通じゃないかもしれないけれど

 次の日の昼。「組織」の近くにあるいつもの公園。
 すっかり常連になってしまったな、としみじみ思いつつ、私は美由美とまたここにやってきた。
 別に大した理由があったわけではない。
 ただ、なんとなくここでいっしょに時間を過ごそう、という空気になった。

「あの、柾木くん。さっきからずっとそわそわしてますけど……」
 私のとなりに座った美由美が、こっちを顔色を伺いながらそんなことを話してきた。
 ……そうだよね。バレバレだよね。
 私は諦めて、すでに用意していたことをここで渡そうと思った。
「その、今度はこんなことを作ってみたわけだが」
 と言いながら、私は懐にあった「それ」を美由美に渡す。つぶれてしまったらどうしよう、とさっきからずっと気をつけていたやつだ。
「えっ? これって……」
「ああ、その、マカロンを作ってみたんだ。あと、これはついでに作ったクッキーだが、気負わずに口にしてみてくれ」
「す、すごい。マカロンって作れるものなんですね」
「まあ、難しいとは思うが」
 実は家の冷蔵庫には、美智琉と美由美の兄弟たちの分も用意してある。
 いつも美由美にばかりあげてしまうと遠慮してしまうから、今度はそのようなやり方で伝えようと思ったんだ。
 ……それに、そうすると美智琉の拗ねた顔もきっと見られるんだろうし。

「柾木くんってすごいですよね。わたし、こんなお菓子なんかまったく作れないのに」
 少し羨ましそうに、美由美はこっちをじっと見上げた。
「普通の女子より女の子らしいっていうか、そういうところ、憧れます」
「いや、べ、別にそれほどでも」
 この場合、私はどのような反応を返せばいいんだろう。
 喜ぶべきか。恥ずかしがるべきか。この姿でそういう話を聞いたことに困るべきか。
 そもそも美由美って、私の「別の姿」なんて、まったく知らないのに。
 それなのに、なぜだろう。そういう話を聞いたことが、少し嬉しかった。
「以前、柾木くんが言ったことありますよね。自分が女の子だったらどうするか、って話」
「あ、ああ……そうだな」
 あの時のことを、美由美から良い出すとは思わなかった。
 私としては未だに複雑な気持ちだけど……美由美って、あのこと、まだ覚えてたんだ。
「わたし、やっぱりうまく想像することはできませんが……きっと、どんな姿だったとしても、柾木くんとは親しくなれたと思います」
「そうか」
「はい。柾木くんっていつも優しくて、いっしょにいると落ちつきますから。それは変わらないかな、と」
「……そうか」
 ――嬉しい。
 今、すごく嬉しくて、空にでも飛んでいきそうな気持ちだ。
 恥ずかしいから、美由美にはバレないようにしよう。
 こんなことバレちゃうと、もう美由美の前では顔すら上げられなくなってしまう。

「そういや最近、美智琉とよく会ってるって聞きました」
「ああ、そうだな」
 たぶん、美智琉本人から直接聞いたんだろう。
 なんか照れくさくなって、私は思わず美由美から視線を逸らした。
「勝手にわたしとの会話をバラしたって一人で悔しがってましたね。別にわたしはあんまり構わないんですけど」
「ごめん、ただ自分の話をしようとしただけなのに、美由美まで巻き込んでしまって」
「いいえ、柾木くんは今もこうしてわたしと話してくれてますし、大丈夫です」
 そう言いながら、美由美はいたずらっぽく笑ってみせる。
 ちょっと、いつもの美由美と違ったからドキドキしてしまった。
「美智琉もああ見えて、けっこうお節介さんですよ。いつもめんどくさいと言いながら、わたしのこと、けっこう心配してくれます」
「まあ……そうだろうな」
 あの子、だいぶこっちに似ているから。
 それもある程度、予想していたことだった。
「美智琉って優しいところもあるんですけど、あんまりわかってもらえないんですね」
 そんな妹のことを話せるのが嬉しいのか、美由美の口調が妙に弾んでいる。やはりこの姉妹、仲がいいんだろうな。
「美智琉って思ってることをそのまま口にするから、やっぱり苦手な人もいるみたいです。それは仕方ないかもね、と本人も言ってました」
「そうか」
 たしか、美智琉みたいな性格なら敵も多いんだろう。目立たないように生きてきた美由美とは正反対みたいなものだ。
「でも、他の人から見れば、存在感なんてこれっぽっちもないわたしより、印象が強い美智琉の方がいいのかもしれない」
「……」
「あの子って、確かに好き嫌いは別れると思いますけど、間違いなくいい子ですから」

 しばらく、そのまま時間が流れてゆく。
 さっきのあの話は、美智琉がいい子って話でもあったけど、美由美が「存在感のない」自分を責める話でもあったんだろう。
「わたし、小学校の頃に、お母さんが家を出ていってしまったんです。だからその頃からは、ずっと妹や弟たちに構いっきりだった」
「……」
 美由美の口調は、淡々としている。
 誰かを恨むことも、羨むこともないような声だった。
「元々人見知りだというのに、友だちがだんだんできなくなって。みんなのことを気にかけなきゃいけなかったから、自分のことなんか、すっかり忘れちゃいましたし」
「そうだったのか」
「クラスのみんなにはわかってもらえなかったんですけどね。いろいろ言われたり、嫌われたりもしました。だから友だちがなかなか作れなかったって事情もあります」
「……」
「仕方ないです。今振り返ると、子どもって無知だけど、だからこそ残酷なところもあるな、って感じですよね」
「……そうだな」
 それは本当に、そうだと思う。
 何も知らないし、何も知ろうとしない。わかってないから、知らないからこその残酷って、実はいちばん怖いものじゃないかな、と思う時もある。
「だからわたし、気がつけば、やはり普通の子とは少し違うかな、って感じになりました」
 苦笑いを浮かべながらも、美由美は話を続ける。
「だって、みんなが好きなオシャレとか、自分とはやはり合わないな、と思ってしまうんです。化粧とかも苦手で、クラスで盛り上がってることを見ると、少し寂しくなりますし」
「わかる、その気持ちは」
 だって、私も化粧とか、好きじゃない。
 どっちがよくてどっちが悪いって話じゃないけど、やはり自分みたいな人間はマイナーだろう。
「誰かに自分をさらけ出すのが怖い。嫌われるなら、いっそ存在感がない方が安心する」
 いつの間にか、美由美はこっちから視線を逸らしていた。あまり聞かれたくないことを話しているように。
「卑怯で、どうしようもないくらいくだらない考えだってこと、わかってます。でも、気がつけばやはり、そうしてしまってるんです」
 美由美の気持ちは、よくわかる。
 自分を出した方がいいと思うのに、他の人のことを考えて、やはり「普通」に落ちついてしまう。
 目立つのが怖くて、思わず体を引く。
 誰かに「普通じゃない人」と見られるのが、怖い。そう見える可能性があるだけで、怯えてしまう。
 その感情には、見に覚えがあるんだ。
 美由美が信じてくれるかどうかは、自分でもわからないんだけど。

「ひょっとしたら、これこそがわたしの思い込みかもしれない。普通じゃないとか、変人かもしれないとか、こんな悩みなんて、いらないかもしれません。でも、わたし、そこまで確信が持てない。みんなが思う『普通』ってなんなのか、よくわからなくなってしまいましたから」
 美由美はずっと、兄弟たちの世話をすることに精一杯だった。
 周りから当たり前とされるものとか、どうやって自分を出していけばいいのかとか、自信がないことも、おかしなわけじゃない。
「本当のことを言うと、やっぱり辛いんです。我慢してばかりじゃいられない。でも、子供の頃からお父さんとお母さんがケンカすること、ずっと見てたから……。自分さえ黙ってれば平和だな、なんて思うようになって」
「……だろうな」
 美由美はそうやって、ずっと自分のことを殺して生きてきた。
 きっと自分が大きな声を出すと父に怒られるから、我慢して、なんでもないフリをした。
「きっと自分のことを前に出したら、誰かに咎められるんだろうな、なんて思ってしまう。お父さんだって、いつもわたしが大人しくしてるからまだこのくらいであるわけで、わたしが嫌って言い出したら――」
「だが、そのままじゃ美由美が生きていられないんだろ」
「やはり、そうでしょうか」
 こっちを見上げながら、美由美はそう聞いてくる。
 自分を棚に上げるような気がして、ちょっと言いづらいけど……。でも、やはり美由美には、心の底から幸せになってほしい。
 私が、そんな美由美の顔を見たいから。
「ああ、美由美はたぶん、他の人に迷惑をかけるのが嫌なんだろうが、そのままじゃ、いちばん大事な自分の命すら失ってしまう」
「ですよね、わたし、自分のことが好きになれませんから」
「その、自分に自信を持てないってところも、勇気を出して一歩づつ前に進んでみると、変わるかもしれない」
 こんなこと、自分に言い聞かせたいくらいなのに。
 心の中で苦笑いしつつ、私は美由美に、そう話しかける。
「たしかにそうですよね。でも、そうしてしまったら、自分の汚いところが他の人にバレちゃいそうな気がして、怖いんです」
 私の話を聞いた美由美は、しばらくしてから、こんなことを言い出した。
「わかってます。こんなことしたって、無駄だってことは。でも、軽滅の視線とか、思い浮かぶだけで辛くて」
 美由美の話は、おかしなことじゃない。
 ある意味、考え過ぎだと言えなくもないけど、「自分らしく生きてゆく」っていうのは、きっとそういうことでもある。
 自分の恥ずかしいところだって、外に出していくことになるわけだから。
 今まで他人に視線をずっと気にして生きてきた美由美には、すごく怖くて、未知なる恐怖なんだろう。  
「自分の暗いところや恥ずかしいところなんか、このままずっと、誰にも明かされなかったらいい」
 ボソボソと、美由美は話を続ける。
 今、美由美は私から、そっと視線を逸らしていた。
「みんなはあそこまで完全無欠なのに、自分だけ汚い気がして。そういうところはきっと受け入れられないハズだと思うんです。だから、前に踏み出すことが――」

「それは違うと思う」
 気がつけば、私は美由美にそう話しかけていた。
 だって、他でもない自分が、ここまで「普通じゃない」んだから。
「以前にも言ったけど、誰にもバレたくないところや秘密なんか、一つくらいはあると思うんだ」
「えっ、柾木くんにもそういうの、あるんですか?」
「……ああ」
 そりゃある。自分にとってはどうしても隠したくなる「アレ」のことだ。
 これだけは誰にも話せる気はないので、絶対にバレないとは思うが。
 ……秀樹にも言えないんだからね。こういうのは。
 美由美にこんなことバレたら、絶対に幻滅される。
「きっとみんなにも、そういう弱いところは、他の人の受け入れられない、なんて思ってるんじゃないんだろうか」
「そう、ですよね」
 今、初めてそれに気がついたって顔で、美由美がそうつぶやく。
 きっと、みんなだってそういうところはあると思う。私は声を大きくして言い切ることまではできないけど……。
 少なくとも、美由美の前にいる私はそういう存在なんだから。
「あの、柾木くん」
 そんなことを思っていたら、ふと、美由美がそう声をかけてきた。
 あまりにも優しい声だったので、しばらくどう返事すればいいのか、まったくわからなかった。
「どうした?」
「えっと、いつもわたしの相談に応じてくださって、本当にありがとうございます。ですから、今度はこっちから恩返しさせてください」
「い、いや、恩返しとか、そういうのを求めてやったわけじゃ――」
「いえ、些細なものですけど、恩返しできたら嬉しいです。その、……膝枕とか、いかがですか?」
「へ?」
 情けなくも、私はそんなことを口にしてしまう。
 美由美に膝枕だなんて、今までそんなこと、思うことすらできなかった。
「そ、それはちょっと、こそばゆいっていうか、なんていうか……」
「でも、わたしがここで柾木くんにしてあげられること、それしか思い浮かばなくて」
「……そうか」
 このままずっと好意を断り続けるのも、美由美に対しては失礼だろう。
 今日は素直に、美由美の気持ちを受け入れたいと思った。
「じゃ、頼む」
「ありがとうございますっ」
 とはいえ、いざ膝枕たるものをしようと思ったら、どこからどうやって始めたらいいのか、見当がつかない。
 こ、このまま美由美の膝の上で横になればいいのかな?
 こういうのって、みんなどうやってやってるんだろう……。
「あ、あの、そのまま楽になって、わたしの膝の上にくつろげばいいと思うんですけど」
「そ、そうだな。それじゃ、遠慮なく……」
 とか言いながら、私は美由美の膝に頭を置く形で、ベンチで横になる。
 こ、これで本当にいいのかな。
 私、何か間違ったりしてないかな?

「これって、せっかく美由美からしてもらってると言うのに、その、すごく照れくさいな」
 できる限り美由美と視線を合わせないように気をつけながら、私はそんなことを口にする。
 ……恥ずかしいんだ。
 今、このベンチの横を過ぎ去る人たちは、いったいこの風景をどのような目で見てるんだろう。
「そうですね。わたしも誰かに膝枕をしてあげるのは、今度が初めてで……」
「本当に、このままで大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。これも柾木くんのためですから」
 美由美のその声は、どこかすごく優しくて。
 私はこのままでもいいんだろうな、と素直に思うことができた。
 木陰の下で、涼しい風が私たちをすり抜けてゆく。
 そろそろ蝉の声がうるさい7月の昼下がり。
 すぐ近くにある美由美の匂いが、この短い髪をくすぐる風が、ただただ気持ちよかった。
 ……どうしよう。今すぐにでも、このまま眠ってしまいそう。
 この瞬間にも、美由美は私のことを「異性」として見ているのかな。
 もしそうだったら、私は……。

「……くん、柾木くん」
 声が聞こえる。
 どうやら、誰かが私を呼んでいるようだ。
 そういや私って、美由美に膝枕をされて、公園で昼寝してたっけ。
 えっと、今、どれくらい経ったんだろう……?
「あの、そろそろ起きたほうが……」
 美由美の声が、私を呼んでいる。
 まだまだこうしていたいけど、このままじゃダメなんだな、とすぐ悟った。
「ごめん。どうやらぐっすり寝ていた……ようだな」
 情けない顔で目をこすりながら、私はゆっくりと体を起こす。
 ここまでずっと寝るつもりはなかったのに、恥ずかしながら熟眠してしまった。
 夢すら見ずに、ぐっすりと。
 ある意味、私としては珍しいかもしれない。

「あ、もうずいぶん暗くなってるな」
 気がつけば、そろそろ日が沈む時間だった。7月ももう後半たというのに、ここまで暗くなったということはあまりよくない。
「時間は……まずい、もう八時か」
 思わず腕時計に視線を落とした私は、辛うじて読めた盤面を見てやっちゃったって気持ちになる。ここまで遅く、美由美といっしょにいるつもりはなかった。
 だって、今日の美由美は、久しぶりに家で家族と時間を過ごすことになっているんだ。
 それを自分が邪魔したような気がして、少し申し訳なくなってしまう。
「あの、柾木くん」
「うん?」
 思わずそう答えると、美由美は不思議な眼差しでこっちをじっと見ていた。
「その、なんで『端末』があるというのに、腕時計で時間を確認するんですか?」
「ああ、これは……ちょっと、癖みたいなものだな」
 ぶっちゃけ、ここまで暗くなっている時は「端末」の方がわかりやすいことに決まっている。この腕時計は電子じゃないから光ってもくれないし、今になっては確かに古いものだ。
 だが、未だにビジネスの世界で、この腕時計は現役である。
 今になってはほぼ礼儀っていうか、ネクタイのように「つけること自体」に意味があるだけのものだけど、それでも「組織」で働く人の中で、成人の男性はほぼ腕時計をつけていた。もちろん、それで時間を確認することは滅多にない。アナログなものがだんだん消えてゆくこの時代に、不思議なことにこの腕時計だけはずっと現場に残っている。
 私がこの腕時計をつけることになったのは、忘れもない、「作戦部長」として「組織」で働くことに決まったあの日から。
 誰でもないお父さんが、直々時計屋まで私を連れて行って、ご自身で選んだものである。
『時計、ですか?』
『ああ、腕時計だ。お前も社会で出ることになったから、これがなくてはならないんだろう』
『でも、俺は――』
『たしか、まだお前は成人としては非常に足りない存在だ。だが、形だけでもスーツを着て働くことになったからには、これをつけなくては話にならない』
『……そうですか』
 私が言いたかったのは、別に腕時計をつけることではなく、「実は女の子」である自分が、それをつける必要があるのか、って話だったんだが――
 それから初めて腕時計をつけて、ネクタイを締めてから「別の姿」で鏡の前に立った時。
 私は、本当にこれでよかったんだろうか、と何度も考え込むことになった。

 ……って、今はそんなことを思ってるところじゃなかった。
「迷惑をかけてしまったな、ごめん」
「い、いえ。柾木くんの寝顔が近くで見られて、こっちも嬉しかったんです」
「そ、そうか」
 そう言われると、こっちはかなり照れくさい。
 なんか、さっき思っていた「アレ」よりも重大な秘密がバレたような気がして、目を合わせることすら恥ずかしくなってしまいそうだった。
 寝顔くらい、「アレ」に比べると可愛らしいものなのに。
「それじゃ、行こうか」
「あ、今日は送ってくださるって話でしたよね」
「ああ、時間もこんなに遅くなったし、せめてそれくらいはやらせてくれ」
 そんなことを口にしながら、私はゆっくりとベンチから立ち上がる。
 そろそろ急がないと、美由美を真夜中に送ることになってしまいそうだった。

 そんなことを思いながら、私たちは公園を去り、美由美の家へと足を運ぶ。
「そういやですね」
「うん?」
「誰かといっしょに家に戻るの、今度が初めてなんです」
「家族じゃない人と、か」
「はい。なぜか今が、とても心地よくて」
「なら、よかった」
 そこから、また会話が途切れる。でも不思議なことに、それが心地よかった。たぶん、美由美も似たような気持ちなんだろう。
「あの、柾木くん」
「ん?」
 しばらくじっとしていた美由美は、暗い夜の中で、こっちに視線を向けてから口を開く。
「わたし、やはり勇気っていうもの、出してみようと思います」
「そうか」
 その声に籠もった感情から、これが美由美の本心だということを知る。
 私がその決意を、応援しないわけがなかった。
「大変だろうと思うが、一度やってみると、きっと楽になるはずだ」
「だったらいいですね。わたし、やはり小心者ですから」
「大丈夫だ。美由美ならできる」
「ありがとうございます。まだまだ怖いんですが、それでも、やってみます」
 そんなことを話し合いながら、美由美の家の前までやってきた。やっぱり暗いからか、周りが上手く見えなくて、少し不気味に思える。
「あれ?」
 急に、美由美が立ち止まる。
 私もつられて、いっしょに足を止めた。
「どうした?」
「えっと、その、わたしの見間違いじゃなかったらですか……」
 少し間をおいてから、美由美はこっちから視線を逸らして、こんなことを口にする。

「お父さん……が、家の前に立っているみたいです」