そろそろ日も沈む頃。
「じゃ、行こうか」
「ヒマリさんの家ですね! 他の方の家でお世話になるのは初めてですから、すごくドキドキしています!」
「はいはい」
いまさら昼飯を食べ終わったヒマリたち(途中に、このお嬢さまがいろいろなことに好奇心を見せすぎたため説明に時間がかなりとられたが)は、ファストフード店を後にする。
なぜか話がちょっと長くなったせいで、周りはずいぶん暗くなっていた。
「……ん?」
いつもの道に入ってきたとたん、ヒマリは自分の目を疑いたくなるものを見つけてしまう。
それは、なんと倒れている男の体だった。
遠くから見る限り、どうやら気絶しているようだった。
……今日はこんな奴らと縁があるのか、とヒマリは思ってしまう。
ヒマリはもう一度、それをじっくりと見る。
――間違いなく、それは男の体だった。
年は20代中盤くらい。
体格は普通。服も白いTシャーツとジーンズと普通。
はっきり言うと、あまり冴えない顔をした男だった。
意識はないようだが、死んでいるようにも見えない。普通に息もしているし、体には暖かさもちゃんとある。
もちろん、心臓だって動いている。
――ただ、意識だけがない。
ちなみに、持っているものは何もなかった。
揺さぶってみても反応がないことを見ると、さっきの誰かさんのように寝ているわけではないらしい。
やっぱり気絶でもしたのだろうか。
そこに佇んだまま、ヒマリはそう考える。
ひょっとしたら、となりにいるお嬢さまのように力が抜けていたからかもしれない。
よくわからないが、こいつをこのまま放っておくと後味が悪くなりそうだった。
ヒマリは(自分は否定しているが)、進んで損をしやすい性格なのだ。
「町中警察」と勝手に名乗っているのが、特にその傾向を強めていた。
「まったく、あたしとしたことが……」
結局、心の中でぶつぶつ文句を言いながらも、ヒマリはどうにか沙絵と一緒に男を自分の家まで運ぶ。
……なんで自分はわざわざ進んで損をするのだろう。
ヒマリはそれが不満だったが、こうなった以上仕方がなかった。
「こ、これが男の方の重さですね!」
「……はいはい」
こんなことすら初めてなんだからか、沙絵はそう目を輝かせていた。
頼むから、そんなことにいちいち感動しないでほしい。
こっちは疲れ切っているんだから。
「はあ、ようやく終わったかー」
二人(男と沙絵)を自分の部屋においてから、ヒマリはようやく一息つく。
いきなり変なことが相次いだため、あたまがぐるぐる回っていた。
雪音に連絡したほうがいいのだろうか、とも思うヒマリだったが、すぐ、そこまででもないと考え直す。
自分も疲れていたため、ヒマリは別の部屋で少し眠りについた。
「ヒマリさん、ヒマリさん!!」
誰かが自分を起こしているような気がして、ヒマリは目を覚ます。
そうやって眠りから覚めたヒマリは、また目が点になった。
「起きてください。ヒマリさん!」
さっきまで意識のないはずだった謎の冴えない男が、慌てた声で自分を呼んでいたからである。
こいつ、どうやって自分の名前を知っているのだろう? これは一体どのような状況なんだ?
それに、さっきまでここにいたはずのお嬢さまの姿が見えない。
これじゃますますわけがわからなかった。
ヒマリがまだ状況を把握していない顔をすると、男はいきなり、こんなことを言ってくる。
「あ、あの。すごいです。わたし、この男の方の中に入ってるんです」
「あ?」
ヒマリは、今度こそ、見事に目が丸くなってしまった。
男の話によると、どうやらその中身はさっきのお嬢さま、沙絵らしい。
自分も目を覚ますとこの男になっていたびっくりしたようだ(むしろ感動しているように見えるが)。
ひょっとして自分はまだ寝ぼけているのか、と真剣に疑うヒマリだったが、男の眼差しから嘘は見つからなかった。
それに、どこか態度やら仕草やらがまさにあのお嬢さまそのものである。ぶっちゃけ、この男が沙絵じゃなかった方がよっぽどおかしかった。
――なら、今この状況は、限りなく現実だということになる。
「すこし頭でも冷やさなきゃ……」
このすごく突飛な状況を受け入れられず、現実逃避がてらヒマリは外に出かけることにした。
後ろからは冴えない男……っていうか沙絵の声が聞こえてくるが、今はヒマリの精神の方が遥かに大事である。
もう世の中はいい感じに暗くなっていた。
どれだけ夏だとしても、さすがに今の時間になれば暗くなる。真夏としては冷たい風を浴びながら、ヒマリはようやく目が覚めた気がした。
「すごいです。男の方はこんな……!」
とはいえ、後ろから聞こえてくる感激に満ちた(?!)男の声から、これが現実だというのはヒマリにもはっきりと伝わってきた。